[本を読む]
選択の拠 り所としての医療本を言祝 ぐ
ついに「読める医療本」の時代が来たなあと思う。たいしたものだ。本書は、運動、睡眠、食事などの生活習慣をどのように変えれば、(がん、脳卒中などの)病気になるリスクを減らせるかを、科学的根拠に基づいてまとめた本である。これが「読める」というのはすごいことだ。なぜなら、今までは「読む気がしなかった」からである。
子どもの頃の原体験がある。自宅の「電話台」に、辞書と見まがうばかりの分厚さの医療本があった。ツルツルとしたカヴァーに、「ご家庭でチェックする医学」のような書名。ところどころ小さなイラストや表が用いられてはいるものの、ペラペラの薄い紙に横書きの二段組みで専門情報が所狭しと詰めこまれていた。なんというか、威圧された。試しに開いてみても、まるで理解できなかった。
当時はどこの家にもそういった本があった。田舎の祖父母の家にも、友達の家でファミコンをしたガラステーブルの下にも。おしなべて表紙はツルツルとしており、開かれた形跡はなかった。お守りや仏壇と同じで、「手元にあれば安心だが、中を開いても
三十年以上の時を超えて『HEALTH RULES』を開く。「牛肉や豚肉、特に加工肉が具体的にある種のがんのリスクになる」という話はやはり衝撃だ。「睡眠は1.5時間刻み」が迷信だったなんて。サウナが体にいいとおおまじめに語られているくだりでは
かつての書籍では、どういう症状が何パーセントの確率で出現するか、みたいな小難しい話ばかりが扱われていた。でも今は、「行動選択の拠り所」になる医学に気軽にアクセスできる。これならツルツルがボロボロになるまで読み込めるだろう。私はもう一冊買って親に送る。自宅には確かまだ電話台がある。
市原 真
いちはら・しん●病理医ヤンデル