平家を滅ぼし鎌倉幕府を開いた源頼朝は、一一九九年に急死した。嫡男の頼家が二代将軍になるものの、一三人の有力御家人が合議制で政務と裁判を行うことが決まる。そのメンバーに選ばれた北条時政と息子の義時は、政敵を次々と滅ぼし、得宗専制と呼ばれる北条家の独裁体制を確立していった(得宗は義時の別称)。
本書は、血で血を洗う抗争が繰り広げられた鎌倉初期を、中心人物の義時を主人公にして描いている。著者は、滅亡後の平家の女性たちを追った短編集『源平六花撰』がデビュー作だけに、鎌倉初期に着目したのは必然だったといえる。
若き日の義時は、平家方の大庭景親との戦いで敗北したり、時政の寵愛を受ける後妻に分家へ追いやられるのではと疑心暗鬼にとらわれたりする、ナイーブな人物だったとされている。だが、平然と非情な決断を下す頼朝と不利な状況を巧みに逆転する姉・政子の近くで働くうち、義時はしたたかな政治力を身につける。
義時がその本領を発揮し始めるのは、頼家の乳母一族として権勢を振るう比企氏を滅ぼし、頼家を幽閉、暗殺した事件からである。義時は時政や政子と連携して北条家の権力を拡大したとされるが、著者は、比企氏出身の妻・姫の前と引き裂かれ、頼家の息子・一幡を手にかけた義時が大きな虚無を抱え、それを埋めるため父と姉からも権力を奪おうとしたとする。それだけに敵だけでなく味方にも向けられる義時の謀略戦は、凄絶を極めていく。政争の被害者ともいえる義時が、兇悪な加害者に変じる展開に触れると、社会を混乱させる怨念を生みださないためには何が必要かを考えてしまうのではないだろうか。
こうした殺伐とした中で清涼剤になっているのが、和歌などの文化に関心を寄せる三代将軍・実朝の存在である。勝利したとしても一瞬の栄誉しかもたらさない政争と、永遠に記憶される文化の対比は、歴史に真に必要なのはどちらなのかを問い掛けており、強く印象に残る。