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秘密を守ってくれる洋館
人の心には記憶が蓄積していくが、それは家もまた同じ。谷瑞恵の『あかずの扉の鍵貸します』は、さまざまな人の大切な記憶を閉じ込めた、奇妙な洋館の、温かい物語。
高校生の時に火災で両親を亡くし、遠縁の老婦人、
不二代の思いを果たし彼女を看取った後、朔実はその館、通称「まぼろし堂」の下宿人になる。実は彼女、建築物が大好きなのだ。
洋館の作りや室内のレリーフの描写が非常に楽しく、こんな屋敷があるなら行ってみたいと思わせる。下宿人たちが抱える事情はみな複雑だが、困っている人に手を差し伸べずにはいられない朔実と、距離を置いて冷静に見守る風彦、どちらのスタンスも思いやりがあって心地よい。朔実が少しずつ風彦に恋心を抱く過程や、謎めいて見えた彼の人間味が見えてくる様子も胸をくすぐり、谷作品ならではの
人の心の「あかずの扉」も、無理やりこじ開けようとせず、開かれるタイミングを待つことが肝要と感じさせてくれる。本格ミステリーとはまた違う、心優しい「館もの」として楽しませてくれる。
瀧井朝世
たきい・あさよ●ライター