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深緑野分『カミサマはそういない』を杉江松恋が読む
「人生のほろ苦さを色とりどりの紙に包んで」

[本を読む]

人生のほろ苦さを
色とりどりの紙に包んで

 深緑野分は悔恨を描く作家だ。
 苦味を伴う感情が読後に残る。しかしその後味には、ほのかな甘ささえ感じるのである。厭味いやみな物語にならないのは、作者が元来持ち合わせた清潔感と、完璧な虚構世界を作り上げんとする意欲のなせるわざであろう。たとえるならば、ニガヨモギの香気漂うアブサンだ。
 最新作『カミサマはそういない』は、七篇を収めた深緑初のノンシリーズ短篇集である。巻頭の「伊藤が消えた」は、将来に希望を見出すことができずにいる若者たちの姿を描いた小説で、家賃を分担していた家から引っ越した青年が行方不明になることから話が始まる。退廃的な空気が張り詰めたものへと変化していく展開が読みどころで、描写によって細部の質感を際立たせる技巧が功を奏している。
 どことなくアジア風でありながら完全に無国籍な舞台の物語、「饑奇譚ききたん」は最もこの作者らしい一篇で、現実には存在しないはずだが確かな感触を備えた世界が見事に描き出される。同作は決断の物語である。深緑は登場人物たちに実人生と同じような試練を与える書き手で、この物語の主人公である〈僕〉も重要な選択を迫られる。
 日本推理作家協会の二〇一九年刊アンソロジーに収録された「見張り塔」も同じ構造で、崇高な任務に就いていると信じて疑わなかった主人公は、あるとき自分がしてきたことの意味を問い直さなければならなくなる。彼らの置かれた状況は、正しさの根拠がどこにも見つけられない現代の暗喩あんゆだ。目の前にあるものにすがるしかない者は、時に神の残酷さを思い知らされるだろう。
 掉尾ちようびを飾る「新しい音楽、海賊ラジオ」の舞台は陸地の多くが水没した近未来であり、ここではないどこかで奏でられている未知の音楽を求め、少年が旅をする物語である。世界の広大さが印象的な一篇で、開放された場所に読者を連れ出して物語は終わる。どこまでも透き通った空よ、海よ。愚かな決断しかできない人間たちを包み込んでくれ。

杉江松恋

すぎえ・まつこい●書評家、ライター

『カミサマはそういない』

深緑野分 著

9月24日発売・単行本

定価 1,540円(税込)

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