[本を読む]
人生の意味を見出すスポーツ短篇集
テニス、野球、柔道、ゴルフ、マラソンなどを題材にしたスポーツ短篇集だ。たとえば「テニスの時間」。テニス
または「オン・ザ・グリーン」。早朝のゴルフ場に忍び込んでゴルフの腕を磨く少年に、用務員のおじさんが助言をし、ニアピン・コンテストへの出場を勧める。母子家庭で貧しい少年が、父の遺品のゴルフセットを手にして、夢に向かって自分の実力を試そうとする。少年の一途な思いが心地好い。用務員の男性が父親の霊のようにも
さらには「ふたりの相棒」。中年男性の三人制バスケットボールチームに入っていた少女が、同年代の男子学生二人と新たにチームを作り、男子だけの精鋭三人組と戦う話で、本書のなかで最も緊張感に満ちている。スポーツがもつ喜びと苦しみが人間関係にも及び、ストーリーに起伏をもたせ、ラストを輝かせる。
この作品が代表的だが、スポーツこそ人生に欠かせないものであり、人を見る目を養い、己の弱さを自覚させ、他者との関係を考えさせ、どう生きるのかを問いかける。スポーツ小説というと試合中心になりがちだが、作者は、何かに向かって何かを成し遂げようとする意志のほうに重点を置く。その過程での出会いと気付きこそ、大切であると訴えるのだ。
それは冒頭に置かれた書き下ろし「魔女の抱擁」にもいえる。年配の女性がゲーム少年と出会い、eスポーツの拡張現実のゲームにいそしむことで、空虚で孤独な暗闇から脱する話である。少年との出会いは現実か夢かわからないけれど、出会いによって彼女は歩き始め、確実に生き方が変わる。スポーツは見るものではなく、自ら進んですることによって、自らの人生の意味を見出し、人生が好転していくことを伝えている。抑制された筆致による、あえかな叙情も魅力的な、
池上冬樹
いけがみ・ふゆき● 文芸評論家