[対談]
地曳いく子×槇村さとる
偏愛がババアの
乾いた心と体をおいしくする!!
還暦とコロナ禍のダブルパンチがやってきた――。これまでの当たり前が当たり前でなくなった年齢と日常のなかで、BBA(ババア)がHappyに生きるためにはどうしたらよいのか。今着るべき服、ファッションに必要なアップデート、美容のコツ、掃除・洗濯など日々のお手入れ、還暦あるある問題まで。スタイリスト・地曳いく子さんの辛口ながら愛のある言葉と、おしゃれ大好き漫画家・槇村さとるさんの楽しいイラストで、60代のお悩みを解決しつつ、新しい時代へと導きます。『ババア上等! 余計なルールの捨て方大人のおしゃれDo!&Don't』(2016年)、『ババアはつらいよ アラカン・サバイバルBOOK』(2018年)に続く、お二人の大好評シリーズ第3弾の刊行にあたり、お話を伺いました。
構成=砂田明子/撮影=山口真由子
もう自分を探さなくて大丈夫
地曳 還暦になって、一年もしないうちにコロナ禍になったんです。人生の節目と、世界的な時代の節目がダブルパンチでやってきた。私よりちょっと先輩の槇村さんは、いかがでしたか?
槇村 コロナは、計算のうちに入ってないダメージでしたよね。
地曳 はい。ただでさえ寂しいババアの人生に
槇村 私は伊勢丹と社交ダンス教室があればハッピーなんですけど、その両方が閉まったときに、これはやばいぞと思って。
地曳 私の楽しみはライブに行くことと、飲みに行くことで、まずその二つにシャッターが降ろされた。止めはヨガ教室のクローズ。心と体を整えるところが両方閉まっちゃった。
槇村 自分でなんとかしなきゃという、そういう時代ですよね。
地曳 はい。それから一時期、デパートの化粧品売り場にビニールがかけられているのを見たときはショックでした。
槇村 あれは思ったよりショックだった。綺麗なものがバーッと並んでいるのを見るのが、女子にとっては生きがいなんですよね。人によってはくだらないと思うかもしれないけど、人の逃げ場や依存先はたいてい、くだらないことなの。不要不急でくだらなくて、重要なこと。
地曳 そういうものが私たちを生き生きさせているということを思い知りました。そういう意味では、自分は何が好きだったかとか、何をやりたかったかを思い出させてくれた点はよかったのかな。何を着たいかとか、誰に会いたいかとか。
槇村 元気も時間もあるときは、どうでもいいことをずいぶんやったけど、今は好きなことしかしないし、嫌いなことには近寄らないですね。
地曳 はい。若いときは、どうでもいいことをたくさんやって、そこから得ることもあると思うんです。でも、ババアになって、コロナ禍を経験して、どうでもいいことは、本当にどうでもよくなった。もう、どうでもいい服は着なくていいんです。
槇村 今回の本の中で、いく子さんが「似たような服ばっかり買っちゃう。それ、大正解!」って太字で書いてくれてて、そうだ、そうだ! ってうれしかった。いろいろ試して、失敗して、間違いないのはこの辺かな、というのが決まってくるのが60代。
地曳 自分のおしゃれの可能性の限界を知るんですよね。
槇村 そう。で、好きな物を買い替え続けるみたいになりました。
地曳 モデルじゃないんだから、いろんな恰好しなくていいんです。自分が好きな服とか素敵に見える服というのはつまり似たような服なんですけど、同じ服を着続けるんじゃなくて、似たような服をアップデートしてくことが大切かなと。
槇村 若い頃はどうしたら自分のスタイルができるんだろうって一生懸命考えたけど、自然に放っておけば、スタイルはできている。
地曳 そうなんです。スタイルって結局は好き嫌い。自分がハッピーだったらOK。若い頃は、それがわからなくて、スタイル探しをするんだけど。
槇村 スタイル探しって、自分探しよね。
地曳 そう。でも、ババアになってまで自分探しをしていると、人生終わっちゃう(笑)。もう自分なんか探さなくても、ここにいるから大丈夫です。
お互いの「すごい」ところは?
地曳 「おしゃれは自分のためにするもの」とずっと言ってきて、今もそれは変わらないんですが、人に見てもらわないと励みがないことも知りました。
槇村 それもコロナでわかったことの一つですよね。
地曳 テニスの自主練で壁打ちをしていたら、対戦したくなるのと同じで。
槇村 対戦相手になる他人がいないと、おしゃれもうまくならないし、何よりつまらない。
地曳 そうなんです。コロナでおしゃれの勘も体力も鈍ったからこそ、槇村さんと私の3冊目ではファッションを強化しています。それから改めて、お互いの「ここがすごい」を挙げましたよね。槇村さんは「試着力」がすごい。おしゃれに持久力があって、じっくり試着されます。私はとくにコロナ中、ネット通販ばかりになっていたから、60過ぎたら試着が大事だなと痛感しました。
槇村 試着したからって、いい買い物ができるとは限らないんですけどね。
地曳 でも、少なくとも、その場で似合わないものは排除できますよね。
槇村 それはもちろん。似合わないものを無理して着ないですね。
地曳 「似合わないものを知れ」、は大事でございます。すでに40とか50くらいで、スタイルが変わってきた、どうしようと悩む女性は多いけれど、60過ぎたらそんなもんじゃないから。
槇村 もっとヘビーですよね。
地曳 映画をシニア料金で安く観られるといういい面もあるんですが、体も気も弱くなる。ガラスの60代ですよ。
槇村 あれこれ大変な目にあっても、あ、そう、みたいな感じで始末できるようになる一方で、鏡で顔のシワが深くなっているのを見つけて落ち込んだり。ふとしたことで傷つくというのはありますね。
地曳 今まで似合っていたものが似合わなくなって、えーっ! とかも。いろいろとびっくりするお年頃で、なってみないとわからない還暦の現実をこの本には書きました。ババアはなってみなきゃわかんない!
槇村 うん、おしゃれのこともそうだし、気持ちの変化も大きいからね。
地曳 そうなんです。ただ、それもみんな同じだから大丈夫、というのもこの本で言いたかったこと。歳をとるのも、コロナ禍に生きていることも、世界中のみんなが経験していることだから。
槇村 いく子さんのすごいところは、こうやって、結局、人を励ますところですね。
地曳 えっ。そう?
槇村 元気に好きなことを言ってるだけ、って本人は思ってるかもしれないけど。好きなことを言える人というのがまずなかなかいないし、対社会的にも、きちんとしているなと思います。
地曳 思ったことをそのまま言いすぎるって、怒られたこともありますが……。
槇村 それもちょっとわかる(笑)。でも私たちに限らず何かを表現する人間は、表現した段階で、多かれ少なかれ、相手をなぎ倒しているんですよ。
地曳 はい。人を傷つけることはあります。
槇村 だからものを言う人はその覚悟を持って言ってるんだけど、その中でもいく子さんの裏表のないオープンな物言いは、爽やかでいいなあと思います。
地曳 ありがとうございます。ではそこは変わらずこれからもナチュラルボーン・ビッチでいきたいと思います。
干物の60代に必要なのは
「愛」でした
地曳 つい最近、マーク・ジェイコブスが二年ぶりにコレクションを発表したんです。インスタグラムなどで見られるんですが、テーマが「Happiness」だったんですよ。舞台衣装みたいな、すごくヘンな服で(笑)、最初見たときは、えっ、何これ? って驚いたんですけど、作りたいものを作ったのかなって。彼の洋服愛をすごく感じたんです。
槇村 この本のテーマと同じだ。
地曳 そうなんです。コロナ禍になって、砂漠のように乾燥したババアの心と体が、さらに乾いたじゃないですか。
槇村 それ……もう干物だわね(笑)。
地曳 そう干物寸前! で、干物寸前になった私たちをうまく戻してくれるのが、「愛とハッピー」なんじゃないかしらと思っているんです。干物って、下手したら生よりおいしいじゃないですか。
槇村 干しシイタケ、おいしいね。
地曳 でしょ。干物になっているぶん、吸収力はすごいから、愛が来た! と思ったらぐんぐん吸収するはずなんですよ。だからこの本ではファッション愛が詰まった服を着ようという話をしました。
槇村 いく子さんの話を聞いて、人を見るにも、愛が中心になってきてるなと思いました。何を着ているか、何を言うか、どんな行動をするかも注視するんだけれど、その中心にあるのは、この人の愛はどこにあるのか。
地曳 わかります。それに加えて、私は同じ
槇村 愛と煩悩。もしかしたら、同じことかもしれませんね。この本の漫画の中で、劣等感の話を書いたんです。自分に欠けているものに石膏を流しこんで固めて取り出すと、それがあなたの夢であり欲望であり愛ですって。そういう意味では一緒ですよね。愛と煩悩は手を取り合っていると思います。
地曳 よくわかります。そういうものが近い人と一緒にいると、きっとハッピーなんですよね。
還暦からはみんな一人旅
地曳 愛のある服を着るのも大事なんですけど、この本の「お手入れ編」で書いたように、ちょっとした手間をかけることも大事。シャツはずり落ちないハンガーで干すとか、ニットは脱いだ後にブラシをかけるとかって、つまり愛をかけることだから、めんどくさいと思ったら、それはもう要らない服だと思うんです。
槇村 そうですね。もうたくさんは要らないから、愛を注げるものだけを。
地曳 そう。美容も一緒で、私の場合、チャームポイントが手しかないので、手にはハンドクリームやボディクリームを塗りまくってるんです。異常な愛をかけている。「手がきれいですね」って褒めていただくと、「ありがとうございます」と微笑みながら心の中で、「これだけ塗りまくってるから当然ね」って(笑)。
槇村 偏愛ポイントね。私の場合は体幹かな。今、体幹に燃えています。長い年月をかけてゆがめてきた骨格や筋肉を矯正しようとすると、それなりの時間がかかりますが、体のいいところは、やったら変わるところ。急には変わらないけれど、年齢関係なく、確実に変わります。
地曳 私もヨガの延長線上で、この頃ストレッチをしますね。美容のためというより、もはや生きていくために。
槇村 体にいいことも、新しく習うことも、何事も時間はかかるんですけどね。
地曳 そう、そしてこの年齢からだとお稽古事を何十年やったからといってプロになれるわけでもないし、オリンピックにも出られないんだけど面白い。
槇村 その「だけど」の部分が、私は面白いと思うんです。たとえば子どもの頃に始めないとプロになれないバレエで、「だけど」の後から始まるのが大人の部ですよね。そこにどんなゴールを設定するかに、その人の個性が表れると思います。それが人生の後半の喜びになるし、ガソリンになる……あ、今はガソリンじゃないか。水素? なんて言ったらいいの?(笑)
地曳 生きる
槇村 うん。糧になる。自分で自分の糧だのエネルギーだのを見つけていくのが、これからの楽しみじゃないかな。
地曳 お稽古事でも、若い頃は親とか家族とか周りの人が、こうしろとかああしたらいいんじゃないかとか言ってくれたけど、この歳になると自分で探して自分で決めないといけませんよね。
槇村 甘えられないけど、自分で探して決めたら、この歳からの師匠は年下が多くて楽しいですよ(笑)。
地曳 そうそう。あっ、でも、90歳のフィットネスインストラクターもいらっしゃいますね。タキミカ(瀧島未香)さん。65歳からジムに行きはじめてインストラクターになっちゃった人。私も頑張ってみようかなと思いました。
槇村 すごい! やっぱり体っていいわあ。時間というか、命の使い方は人それぞれで、歳をとると、ますます個人差が大きくなっていくように思います。瞬間瞬間を使い切って生きていく人もいるし、いくつになっても、そこからコツコツ積み上げていく人もいる。生き方もファッションもそれぞれで、もうね、みんな一人旅。
地曳 一人旅、いいですね。たまにグループ旅行もするし、情報交換もするんだけど、結局は一人旅。還暦からのハッピーな一人旅へと旅立ちましょう。
槇村さとる
まきむら・さとる●漫画家。
1956年東京都生まれ。73年「別冊マーガレット」の『白い追憶』でデビュー。以後数々のヒット作を発表。エッセイ集も多数手がける。漫画作品に『愛のアランフェス』『イマジン』『おいしい関係』『RealClothes』『モーメント 永遠の一瞬』等多数。エッセイに『おとな養成所』『新50代は悩み多きお年頃』等。
地曳いく子
じびき・いくこ●スタイリスト。
1959年東京都生まれ。テレビ、雑誌等で30年超のキャリアを誇り、数多くの女優のスタイリングも手掛ける。「大人の女性」の服選びの第一人者。著書に『50歳、おしゃれ元年。』『買う幸福~おしゃれ人生見直し! 捨てるためにひとつ買う~』『若見えの呪い』『日々是混乱 これが私のニューノーマル』等。