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巻頭対談/本文を読む

『新世界秩序と日本の未来 米中の狭間でどう生きるか』内田樹 姜尚中
特別対談「コロナ、オリンピック、総選挙―― 日本のこれからを展望する」

[巻頭対談]

内田 樹×姜尚中
コロナ、オリンピック、総選挙――
日本のこれからを展望する

未曾有のコロナ禍を経た二〇二〇年代の世界はどこへ向かうのか。好評既刊『世界「最終」戦争論』『アジア辺境論』に続く七月発売の『新世界秩序と日本の未来』(集英社新書)は、内田樹さん、姜尚中さんが歴史的大変革の時代を縦横無尽に論じる刺激的な対談本です。幅広い知見から導き出される新たな「世界秩序」の見取り図には、とかく悲観的になりがちな現状を超える確かな希望が込められています。
刊行を前に行われた今回の対談では、「日本にとってのカウントダウンが始まっている」という言葉も飛び出しました。過去の歴史から地続きにある現在、そしてそこから見えてくる未来の景色はどのようなものなのか、おふたりに存分に語り合っていただきました。(2021年5月29日ZOOMにて収録)

構成=加藤裕子/撮影=三好妙心(内田樹氏)、野﨑慧嗣(姜尚中氏)

姜尚中

内田樹

既視感がある「破滅への道」

内田 僕が子どもの頃、日曜日の朝に「時事放談」という番組があって、細川隆元たかちか小汀利得おばまとしえというふたりのジジイが怖いもの知らずで暴言を吐き続けていたのが、すごくおもしろかったんですよね。僕らも、もういいジジイなので(笑)、今度の対談本では「時事放談」に倣ならって、僕の荒唐無稽な話を姜さんに存分に受け止めてもらいました。

 内田さんと僕は同い年で古希を迎えているわけですから、確かにジジイの資格十分ですね(笑)。コロナ禍で今回の本の対談はすべてオンラインという形になりましたが、内田さんとは、とても楽しい、かつ実りある議論ができたと思います。僕らの「時事放談」がミリオンセラーになるぐらいでないと、日本はもうダメなんじゃないかな(笑)。

内田 まあ、ミリオンセラーはないと思います(笑)。

 冗談はさておき、今の日本は本当に切迫した状況になっていると思います。コロナ禍でのオリンピック開催をめぐる政府の対応を見るにつけ、「ここまで来たか」とちょっと驚いてしまいますね。二〇一五年に強行採決された安保法制(平和安全法制)では「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」が「武力行使の新三要件」の一つとされていますが、今の日本はまさしく「武力行使事態」と言えるような危機に陥っているのではないかと思うほどです。

内田 今回の対談本の中でも話していることですけれども、日本人って、途中で方向転換をして被害を最小限に抑えるために頭を使うことがどうしてもできないんですよね。ポツダム宣言が出されたときも、受諾するしかないということはわかっているのに、「笑止千万」「ポツダム宣言は黙殺」などと虚勢を張っていたわけでしょう? 結局一ヶ月もたたない内に、「すみませんでした」と謝ることになりましたが。
「破滅に向かうとなったら、とにかく最後まで突き進む」というパターンは、ミッドウェー海戦の敗戦後やインパール作戦、あるいはそれ以前のノモンハン事件のときなど、日本では何度も繰り返されてきました。どんどん泥沼にはまっていくような状況におかれたとき、早く修正するくらいなら、もっと酷いことになるまで加速させた方が良いという、非常に嗜虐しぎやく的な方向に向かってしまうんです。コロナにしてもオリンピックにしても、もう行くところまで行って、そこで大きく方向転換をするということについては、皆が何となく暗黙の合意に達しているという感じじゃないでしょうか。

 先の戦争では、広島・長崎、そして沖縄の人たちが甚大な悲劇を被りましたが、コロナ対策やオリンピックの失敗で今後、誰が犠牲になるのかと考えると、非常に暗澹あんたんたる気持ちになります。

内田 オリンピックという国際的な大イベントにコロナがからめば、被害者は日本人だけにとどまらない可能性が大きいわけです。せめて今度ぐらいは、どうにもならなくなる前にブレーキを踏むということをしないとまずいんじゃないかと思いますね。

一枚岩ではないアメリカの思惑

 その点、アメリカはさすがにクールに見ているなと思います。五月に国務省が日本への渡航中止勧告を粛々と出したのは、その表れでしょう。対中国戦略という観点からは日本をアメリカ側に引き留めておきたいという思惑はあるとしても、今度のオリンピックについて、アメリカはかなり辛辣しんらつに見ている感じがしますね。

内田 アメリカも一枚岩じゃないですからね。アメリカの感染症対策を担うCDC(疾病対策センター)はきちんとした科学的組織ですから、「日本へのすべての渡航を避けるべきだ」と強い懸念を示していますし(編集部注:その後六月八日に「渡航を再考せよ」のレベルに一段階引き下げ)、おそらくオリンピックにアメリカのアスリートを送ることには反対の立場だと思います。けれども、姜さんが今おっしゃったように、バイデン政権としては色々な政治的思惑がある。だから、ホワイトハウスは、「菅政権の判断を尊重する」「オリンピックの成功を心から祈念する」といった公式メッセージを発信し続けるでしょう。
 なぜかといえば、自国の国益よりもアメリカの国益を優先的に配慮する政治家なんて、世界中探しても日本ぐらいしかいないので(笑)、アメリカは自公連立政権が未来永劫続いてほしいわけです。見識も哲学もない現政権は次々と失敗を犯し、コロナ対策でも先進国最低のレベルなのに、アメリカはそれに対して批判がましいことを一切言いません。これは、なんとかして日本の面子メンツを立てようとしているということでしょう。

 今回の本の中で、内田さんは「日本の国力の衰微を代償にした」と安倍長期政権を評しました。外交においても、北方領土問題や悪化の一途をたどった日韓関係など、日本の国益が毀損きそんされ続けたにもかかわらず、安倍政権の支持率はほとんど下がりませんでしたね。悪くても三〇パーセントぐらいで、だいたい四〇パーセント台後半の支持率を維持していたわけですけれども、それにはやはりアメリカの影響が大きいということでしょうか。

内田 日本の内閣支持率のコアとなる三〇パーセントは「アメリカに信任されているから支持する」という、属国マインドが骨の髄まで染み込んでいる人たちなんですよね。だから、アメリカ大統領が「この人で良い」と言っている限り、政権交代は起こらない。

 支持率が三割しかなくても政権が維持できるのは、そういう構図だということですね。

内田 ただ、そういうコアな支持層であっても、さすがにこれだけ失政が続くと、菅(義偉よしひで)さん自身の政治的な能力に関してはほとんど評価していないと思います。

 そうでしょうね。

内田 アメリカにしても、どこかでもう少し賢い政治をする人でかつアメリカを優先的に配慮する政治家がいるなら、そちらに代えたいというところはあるんじゃないかという気がします。
 というのは、あまりに政権が無能で民衆にとっての忍耐の閾値いきちを超えてしまうと、国民の憎しみがそういう無能な政治家を支えているアメリカに向かうからです。アメリカの傀儡かいらいだった南ベトナムのグエン・カオ・キやパナマの独裁者ノリエガが失脚したときなんて、まさにそうでしたよね。日本で同じことが起これば、アメリカの西太平洋戦略に大きな障害が生じることになりますから、それは避けたいとアメリカは思っているでしょう。
 もし僕がアメリカ国務省の人間だったら(笑)、まずは立憲民主党のところにソーッと行って、「政権交代するならするで、全然俺らはかまわないし、君たちがやりたいリベラルな政治をやってもいいけれども、対中国戦略に関しては大筋では賛成して欲しいんだよ」みたいなことを言っておくと思います。

 同感ですね。
 韓国の場合で言うと、金大中キムデジユン元大統領が野党の指導者だったとき、滞在先の日本のホテルでKCIA(韓国中央情報部)によって拉致らちされた事件がありましたが、あのとき彼が殺害されなかったことにはアメリカの関与があったと言われています。当時、アメリカは朴正煕パクチヨンヒによる軍部のクーデターをさしあたりは容認したけれども、そういうとき、アメリカは必ず代替となるB案を用意しているんです。
 おそらく、金大中はアメリカにとって朴正煕独裁政権のオルタナティブだったのだと思います。民主国家である日本のオルタナティブとして、野党にお鉢が回ってくる可能性は当然、あるでしょうね。

「反省ができない」日本人

内田 今回の本の中では「日本人は反省ができない」という話も出ましたけれども、コロナ対策でもそうですよね。この一年半にわたって失敗し続けているにもかかわらず、現政権は「これまで特に問題はなかった」と言うだけで、「こういう風にすべきだったのにしなかった」「ここでこういう失敗をしたから修正する」という検証や反省がまったくありません。

 安倍前首相の振る舞いを見ていても、「反省」という言葉はどこにもなかったように思いますけれども、「反省ができない」というのはどうも吉田松陰以来のものなんじゃないかと思いますね。
 陽明学を信奉した吉田松陰は「志がよければ反省はいらない」という考えの持ち主でしたが、そういう「純な心で突っ走る」というか、志があればどんな手段もいとわないというようなところは、明治の大アジア主義や北一輝的な革命思想にかぶれた人たちの中に流れ続けていったような気がします。
 日本の近代は諸外国と比べても非常に暗殺が多いと思いますが、ああいうアナーキーな暴力性が対外的に噴出し、閔妃ミンビ暗殺のようなことが起こってしまったわけです。

内田 ただ、本来、テロリストというのは、大義のために人を殺す場合でも、代償として自分の命を差し出す覚悟がある人間のことです。大義のために人は殺すけれど、自分は『大義の完遂』のために必須の人材なので引き続き生き残るつもりであるというのはテロリストではなくて、政治家です。今の日本の与党政治家たちなんかは、自分の命は一般国民よりも重いと思っているんじゃないですか。

 そういう自己正当化の論理の恐ろしさを、最近、とみに感じますね。  以前、僕が菅さんと話したとき、菅さんは師と仰ぐ故・梶山静六から「政治の要諦、ミッションは雇用だ」と言われたと語っていました。けれども今、彼がやっていることは、日本国首相である自分の雇用だけは確保しようということじゃないですか。これはもう、究極の自分ファーストだと思います。なんというか、政治家の中から最後の何かが抜け落ちているという気がして仕方がありません。

総選挙で
自民党大勝のシナリオはない

 今回の本の結論は、「振り子の原理と同じで、日本は行くところまで行かないと、その反動が出てこない」ということでしたが、内田さんとしては、今後、どういうシナリオがあると思いますか。

内田 コロナでの失敗は大勢の犠牲者が出るので絶対に避けなければいけませんが、もし、オリンピックの大失敗によって「敗戦」に匹敵するような大きな振り子の転換点になれば、それが一番有り難いシナリオかなという気がします。

 オリンピックの失敗には痛みも伴うでしょうが、東日本大震災や福島第一原発事故でも変わらなかったものが変えられる転換点になるのであれば、その点では希望もあるのかもしれません。
 いずれにしても、今年行われる総選挙がどうなるかが決定的に重要ですが、オリンピック後に総選挙をやれば自民党が大勝するというシミュレーションをしている人もいますよね。僕も、下手すればそうなる可能性もあるんじゃないかという気がするんです。

内田 うーん……どうでしょうかね。さっきも言いましたけれども、失敗続きのコロナ対策を劇的に転換して成功に導くためには、どこかで失敗を認めるしかありません。でも、現政権は絶対に失敗を認めない人たちですから、これから先もコロナ対策で失敗し続けていって、場合によっては第五波・第六波の渦中で選挙が行われることになるでしょう。
 コロナ対策の失敗は、有権者にとっては自分の命に関わることです。政権交代した先にどんな希望があるかということを脇に置いても、ここまで仕事ができない政権に対してバツを付けるというのは、ごく自然な反応だと僕は思いますね。政権交代まではいかないとしても、自民党が大敗することはもう避けられないんじゃないでしょうか。

 本来であれば、自民党内部や公明党からもう少し修正への働きかけがあってもいいはずだと思いますが、そういう動きすらない状況ですからね。

内田 そうですね。行きつくところまではもうカウントダウン……という感じがします。

 いずれにせよ、振り子が振り切ったら見えるものが見えてくるんじゃないかというのは、僕たちが今回の対談本を通して得た共通の理解ですね。
 これまで僕は、あまり長生きはしたくないと思っていたんです。でも、やっぱり日本を愛するがゆえに、これから先の日本がどうなるのか、この目で確かめてみたいと最近、思うようになりました。

内田 ふふふふ(笑)。もうちょっと先を見たい。

 これからの一〇年、日本は大変になるだろうという思いと、だから逆に面白いんじゃないかという思いと両方あるんです。まだまだくたばれないつもりでいますので、内田さんとはお互い八〇になっても時事放談を続けたいと思います(笑)。

内田 小汀利得も八〇代まで「時事放談」をやっていましたからね。こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします!

内田 樹

うちだ・たつる
1950年東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。著書に『寝ながら学べる構造主義』『日本辺境論』『街場の天皇論』『街場の芸術論』等多数。

姜尚中

カン・サンジュン
1950年熊本県生まれ。政治学者。東京大学名誉教授。熊本県立劇場館長・鎮西学院学院長。専門は政治学・政治思想史。著書に『悩む力』『続・悩む力』『心の力』『悪の力』『母の教え 10年後の「悩む力」』『朝鮮半島と日本の未来』等多数。

『新世界秩序と日本の未来 米中の狭間でどう生きるか』(集英社新書)

内田 樹/姜尚中 著

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