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特集対談/本文を読む

北方謙三『チンギス紀 十一 黙示』刊行
櫻井智美さん(アジア史研究)との特別対談
「史実としてわかっていないところにある小説の面白さ」

[特集対談]

史実としてわかっていないところにある
小説の面白さ

北方謙三さんがチンギス・カンの生涯を描く大作『チンギス紀』。このたび、第十一巻《黙示》が刊行されます。
草原を平定し、名実ともにモンゴル族の覇者となったチンギス・カンは、大国であるきん国を脅かし、西方へ新たな拠点をつくろうと動き出します。チンギスと出会ったことで運命が変わった登場人物たちの生きざまと、彼らが織りなす人間模様からも目が離せません。
中世モンゴルを舞台に、実在の人物を描くこの壮大な物語を専門家はどのように読んでいるのでしょうか。アジア史、特にモンゴル時代の中国の政治制度と文化を研究されている櫻井智美さとみさんをお迎えし、『チンギス紀』について、チンギス・カンの時代について、北方さんとお話しいただきました。

構成=タカザワケンジ/撮影=露木聡子

―― お二人は以前から交流があるそうですね。

北方 初めてお会いしたのは『チンギス紀』を書き始める前でしたね。モンゴルのことを何も知らなかったので、専門家の櫻井先生にお話をうかがいに行ったんです。

櫻井 私が研究している分野について、小説家の方が聞きにきてくださるというのはたいへん光栄なお話で、とても嬉しかったですね。

北方 あの時代のモンゴルに時計はあるんですか、と聞きましたよね。水時計の「漏刻ろうこく」というのがあります、と教えていただいたことを覚えています。その後もずっとご助言いただいていますが、これまでとくに怒られることもなくてホッとしています。

櫻井 怒るなんてそんな(笑)。実は途中で読み方が少し変わったんです。楊令ようれいの話が出てきた五巻ぐらいから。北方さんの『水滸伝』から『チンギス紀』へのつながりが見えてきて、なるほどと思ったんです。それまでは研究者的な目で、史実に照らすとここが間違っているんじゃないかと、あら探しをしながら読んでいたんですが、一ファンの目になり、小説として楽しむことが第一なんじゃないかと思うようになりました。

北方 ありがとうございます。『チンギス紀』でも『水滸伝』でもそうですが、書く上で、これは参ったな、という難問がいっぱいあるわけです。たとえば、異文化、異民族が出てきますから、まず言葉が違いますよね。でも、通訳を入れると冗漫になる。言葉が通じていないはずの人物同士の会話でも、通訳がいると思ってくれという形でどんどんしゃべらせています。

櫻井 人物の設定でも、いつどこで死んだかが明らかになっている場合は、「あれ?」と思うこともありました。でも、それは北方さんが小説家として、こうしたほうが面白い、という理由で書いていらっしゃるんだろうな、とわかりましたけど。ただ、この時代にこれがあったらおかしいだろう、というところはしっかり見ようと思っています。

北方 心強いですね。『チンギス紀』を書く上で、私が主に参考にしているのは、モンゴル考古学者の白石典之さんの著書なんです。考古学者であるだけに、物証があって証明されていることを書かれている。逆に言えば、物証がないところを想像すればいいんだな、と。

櫻井 そんなことは絶対になかった、とは言い切れないですからね。

北方 そうなんです。でも、時々、暴走してしまうんですよ。火薬があったとわかったら、どうやって大砲をつくろうかと考える、みたいにね(笑)。
 モンゴルでいつどうやって火薬を使うようになったかはわからないんですが、金国にはすでにあったから、チンギス・カンが金国に攻め込んだときに火薬を知ったということにしました。そうすると、作者である私が火薬を手に入れたも同然ですから、どうやって使おうかと考える。玉にして、逃げるときに投げて爆発させようかとかね(笑)。

史実を踏まえて一ひねりする

櫻井 実際、文献を調べてもわからないことってたくさんあるんですよね。『チンギス紀』で、少年時代のチンギスが『史記本紀ほんぎ』を読むというエピソードがありましたが、『史記本紀』という本の形では流通していなかったのでは? と指摘させていただいたことがありました。でも、それも絶対になかったという証拠があるわけではないんですよね。

北方 武帝が『史記本紀』を読んでいますからね。だから、わずかな数はあったんじゃないか、ということで書かせていただきました。

櫻井 そうでしたね。あったかもしれないという可能性を否定できない。ここを進んでいくと川を渡っているはずだから、船で渡るとか、どうやって渡ったかを書いたほうがいいんじゃないかと申し上げたこともありました。

北方 私はそこで考えて「渉る」と書くわけですよ。「渡る」ではなく「渉る」。ちょっと姑息なやりかたかもしれませんが(笑)。
 史実という観点からご指摘いただくと、それが思考の基本になるんです。ですが、基本のままに書いてしまうと小説としてつまらなくなってしまうことが多い。基本を踏まえた上で、無理なくデフォルメするというか、一ひねりすると面白くなる。
 チンギスが『史記本紀』を読んでいること自体、ほとんどあり得ないことですよ。だけど、チンギスは歴史上ほかにはないような国をつくろうとする人物ですから、国家観を持つ必要がある。過去に国家観を書いたものとしては『史記本紀』があるわけですよね。だったら読ませてしまおうと。
 それもただ読ませるだけではつまらない。金国の大同府で書肆しよし妓楼ぎろうとを一緒に経営している蕭源基しようげんきという人物を出して、『史記本紀』を暗記していることにした。蕭源基がチンギスに『史記本紀』を読ませる。読むといっても、あの頃は音読です。馬車の御者をさせながら、蕭源基がチンギスに音読させる。そして、そこは読み方が違うと指摘する。そうするうちに、チンギスは徐々に読めないものも読めるようになる。そういう設定にしたんですよ。

『チンギス紀』には生活がある

櫻井 史実に忠実という点では、十一巻で出てきたチンカイ・バルガスンのエピソードが面白かったですね。『チンギス紀』では鎮海城ちんかいじよう。モンゴルの重要な都城です。チンカイ・バルガスンがどうつくられたのかは文献史料に残ってないんですが、チンギスの時代より少しあと、クビライの時代につくられた大都だいと上都じようとの記録は詳細に残っているので、それと読み比べると重なる点がある。勉強されていると言ったらおこがましいですけど、調べて書かれたのかなと思いました。

北方 勉強はしていないんですよ。鎮海城のような都城をつくるときに何を考えるかというと、アンデス文明の遺跡のことなんです。アンデス文明は文字を持っていなかったから、歴史は受け継げない。しかしマチュピチュのようにモノが残っているから建築学は脈々と受け継がれていった。あとは薬草学が伝承されていて、麻酔薬をつくって脳外科手術までやっていた。アンデス文明のように文字がなくても受け継がれていくものは何だろう、と考えるんです。都城をつくるのに必要なものは何だろう、と。

櫻井 そうだったんですね。本当はあり得ないのかもしれないけれども、でも、ちゃんとあり得そうな形に物語が展開しているのがすごい、と。

北方 小説家ってそういう噓をつくのが上手いんですよ。

櫻井 でも、本当に北方さんが書かれている通りだったかもしれないですよ。チンギス・カンの時代から八百年経っているのでわからない部分がたくさんあります。わかっていない部分が一番面白いというか、こうだったかもしれないと思わせてくれるのが『チンギス紀』なんですね。

北方 そう思ってもらえると嬉しい。たとえば『元朝秘史げんちようひし』という当時のモンゴルについて記した史料を読むと、いろいろな事実関係を飛ばして書いているところがけっこうあるんですよね。信じられないような事実展開を記してあったりする。飛ばされていたり、あり得ないなと思う部分に、現実的に考えるとこうだったんじゃないかという想像を加えて自分の世界にしようと思うんです。だから、『元朝秘史』は反面教師なんです、ある意味で。

櫻井 『元朝秘史』は戦いの場面がすごく詳しかったり、エピソードの細部がやたら詳しかったりするんですけど、当時の人たちがどんな生活をしていたかはあまり書かれていません。でも、北方さんの小説にはあの時代を生きた人たちの生活がある。どう生活していたかという部分が面白いと思うんです。

北方 筋立てを追うだけなら、小説として書く必然性がないんですね。現代を生きている作家が書いて、現代を生きている読者が読んでくれるわけですから、現代的な感覚で人物を描かないと駄目だろうと思うんです。
 でもその時代と場所を書く以上、ある程度は事実に担保してもらわないとリアリティがない。そこで櫻井先生のご指摘をうかがうようにしているわけです。

馬と人間の交流は快感

―― 櫻井先生にうかがいたいんですが、先生が中世モンゴルをご専門にされたのはなぜでしょうか。

櫻井 他愛ない理由なので恥ずかしいんですが、好きな競走馬がいて応援していたんです。それで馬が重要な働きをする時代を勉強したくなり、東洋史ならモンゴルかなと。

北方 いい話ですね。馬って無垢なんですよ。人間を書いていると嫌になってきて、馬を書きたくなります(笑)。『チンギス紀』だって、馬がいなかったらもっと平板な物語になるかもしれません。馬は、モンゴル族にとってというより、草原にとって大事なものだと思います。馬に対する愛情だけは決して失わない。小説でも、馬に人の心みたいなものを与えて、人間との交流を書くのは快感なんです。その馬がいざというときに守ってくれる場面なんかがそうですね。

櫻井 読んでいて心が揺さぶられますね。ただ、私の場合は馬への愛情はあまり研究には生かされていなくて(笑)。専門が歴史なので、ひたすら文献史料を読むんですけど、モンゴル語で書かれた史料って、この時代はまだ少ないんですね。時代的にはウイグル文字モンゴル語という縦文字が使われるようになった時期に当たるんですが、モンゴル語で書かれた史料はもう少しあとの時代にならないとほぼ出てこないんです。

北方 漢字史料ですか、やっぱり。

櫻井 チンギス・カンの時代はほとんど漢字史料ですね。あとはペルシャ語史料。実際に研究を始めたらモンゴルからどんどん離れていって、中国には史料を見に何度も行っていたんですけど、モンゴル国に行ったのは二〇一五年が初めてなんです。北方さんとあまり変わらない。

北方 私が行ったのが二〇一六年です。

櫻井 そうでしたね。普通の道路のところを羊とか馬とかが渡っていくのを見て、やっぱり感動しましたね。この場所にいるために私は研究してきたんだなと思って。

北方 わかります。モンゴルの人たちはいまだにちゃんと馬に乗って遊牧していますよね。

櫻井 そうですね。くらと言えないぐらいの薄い布みたいなのだけで乗るんですね。実際にたりにしてすごいなと思いました。

北方 少年が一人馬に乗って私たちが乗った車を追いかけてきたことがあったんですよ。そのときはあぶみもなかったですね。だーっと走ってきて車に追いついて。さよならを言うために来て、馬の上で手を振っているの。鞍をつけて乗っているのとでは馬とのつきあい方が全然違うなと思った。もう身体の一部なんだなと。

肉体の強さとは別の強さ

櫻井 『チンギス紀』は経済活動の描写が面白いですよね。十一巻でいえばチンカイが商売に使う山羊やぎひげ。遊牧民からタダ同然の値段で手に入れて織物に使う。

北方 本当にあったのかな(笑)。私の友達が薄いマフラーをしていたんですよ。銀座のお店に一緒に行ったときに、そのマフラーがパシュミナだって話になって、お店の女性が「本物のパシュミナって山羊の髭なのよね。高いのよ」と言ったんです。そしたら、そいつがぱっとマフラーを外して、「おまえにやるよ」と渡した。その女性が飛び上がって喜んでね。それで貴重なものなんだというのが頭にあったわけですよ。

櫻井 そうだったんですね(笑)。チンカイが山羊の髭や貴石を扱って商売を始め、タルグダイとラシャーンが海で交易をしていますし、ホラズム方面の話も出てきましたよね。これから商人がたくさん出てくるのかなと楽しみにしているんですが、実際、チンギスの強さは交易に力を入れていたからだと、最近の研究でも言われています。

北方 私としてはね、肉体が強いだけでは強い国はつくれないと思うんですよ。そういう強さとは別の強さが国家には必要だろう。チンギスはそれで最初から鉄にこだわっているんです。鉄と青銅だったら、鉄を持っていたほうが絶対に勝つんですよね。草原には大きな鉄山はなかったけれど、匈奴きようどがちょこちょこっと鉄をつくっていた跡は残っていますし、鉄を求めて当然だろう、と。

モンゴルの女性たち

―― 『チンギス紀』にはチンギスの母・ホエルンや妻・ボルテ、チンギスに敗れたタルグダイの妻・ラシャーンなどの女性たちが登場します。櫻井先生にお聞きしたいのですが、この当時の女性たちはどのような存在だったんでしょうか。

櫻井 遊牧民は部族で移動するので、リーダーが亡くなるとその妻が実権を握るという仕組みがあるんですよ。本営を握っているというのはすごいアドバンテージなんですね。モンゴル帝国でも、カンが死んで、妻が残ると、基本的には指揮系統は全部妻に集中するんです。次のカンが決まるまで政治を動かすことになるので、後継者争いにも大きな影響を与えます。大きな権力を持つことになるので、政治を動かすようなことを何度もやっていますね。

北方 『チンギス紀』はまだカン、つまりチンギスは生きてるから、その母ホエルンと妻のボルテは本営を守る存在なんですよ。たとえばいくさが続くと、傷ついた兵士をどうするかという問題が出てくる。チンギスがほかの権力者と違うところは、その人材も生かす。戦には出られなくても、兵糧を差配するとか、交易路を整備するとか、いろんな形で生かす。人材を育てるという役目がチンギスの周りの女性たちにはあるんです。
 それから、部下が死んだら、子供が残るわけですよ。誰がその子供を育てるのか。これもホエルンとボルテの役目なんです。それで何十人という孤児を抱えていて、そこからまたいい人材が出てくる。

櫻井 実際どのくらい、女性たちが人材育成に関わったかはわからないですけど、若い優秀な子供を連れてきて自分の部下にするということは史実にありますね。ホエルンが『チンギス紀』で果たした役割もあり得たと思います。

北方 肝っ玉母さんみたいなホエルン、ボルテのもとに、何十人と孤児たちが集まる。軍に入ることを強要するわけじゃない。学問所をつくって、学問ができるやつは学問をして、チンギスの片腕のボオルチュの下で行政に携わる。でも、たいていの男たちは軍隊に入りたがる。それは草原の男の血みたいなものだから。

櫻井 北方さんが描くチンギス・カンが人を生かすリーダーだとしたら、彼らを育てるのが女性たちなんですね。

北方 チンギス・カンが絶対的な大王になって力だけで征服を押し進めたら、小説としてつまらないものになってしまうでしょうね。権力から離れた底辺にいる人たちにも焦点を当てて、苦しんだり、愛し合ったり、死んだりということを書くことが小説なんだと思います。

北方謙三

きたかた・けんぞう●作家。
1947年佐賀県生まれ。81年『弔鐘はるかなり』でデビュー。著書に『眠りなき夜』(吉川英治文学新人賞)『渇きの街』(日本推理作家協会賞)『破軍の星』(柴田錬三郎賞)『楊家将』(吉川英治文学賞)『水滸伝』(全19巻・司馬遼太郎賞)『独り群せず』(舟橋聖一文学賞)『楊令伝』(全15巻・毎日出版文化賞特別賞)等多数。2016年、全51巻に及ぶ「大水滸伝」シリーズを完結。18年5月より、新たな歴史大河小説『チンギス紀』の刊行を開始。

櫻井智美

さくらい・さとみ●明治大学文学部専任准教授。
熊本県出身。京都大学文学部卒・同大学院文学研究科(歴史文化学専攻)修了。専攻分野はアジア史。主に、モンゴル時代(13 ~ 14世紀)中国の政治・制度・社会・文化について総合的に研究を進めている。

『チンギス紀 十一 黙示』

北方謙三 著

発売中・単行本

定価 1,760円(税込)

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