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当たり前に溶け込む優位性
精神科の医師である僕は、尊敬する先達が提唱した「負ける精神医療」という哲学を大切にしています。これまでの精神医療において医師は、専門的な考えや自分の価値観を、唯一の正しい方向のように、医療を受ける人に押しつけてきました。医療現場において医師はなぜか強者となり、本来主役であるはずの医療を受ける人や、医療を提供するチームの他職種の人が声を発しにくいという状況はいまだにあります。
本来、医師と医師以外の人とは、単純に人と人という関係性で権力勾配はないはずです。それなのに、医師が優位で当然という雰囲気が医療現場には流れています。存在しないはずの勾配に慣れてしまうと、違和感さえ感じられなくなり、弱者が感じる圧力が深まる恐れがあります。だからこそ僕は「負ける」、つまり「強者を降りる」ことを強く意識したいのです。これは、自分が男性であることで感じるジレンマと重なります。
本書の一章、最初の小見出しは「男、めっちゃ有利なのだ」。この深く険しい問題を内包する一言に、引っかかりなく同意する人はどれほどいるでしょうか。この社会には、男性が何も考えず振舞うからこそ生じる圧、優位性(=マチズモ)が多くあります。本書は、女性編集者Kさんが投げかける、日常場面に転がる違和感を受けて、著者がしつこく、細かく、厳しく、検証するという構成です。
例えば第四章「それでも立って尿をするのか」。新幹線のトイレの便座がもともと上がった状態で設定されていることに違和感を覚えたKさん。著者は、「男だったら立ってするべきだ」という意見を紹介しつつ、驚くような方面に取材をし、尿の便器外への広がり方を調べ、緻密な論理で、確実にマチズモに迫ります。
本書ではこのようにして、本来あるべきではない優位な権力勾配が女性との間に存在する雰囲気に慣れ、それがないと不安で立っていられなくなるような男性の弱さを浮き彫りにします。
話題は多岐にわたり、自分にも少なからずマチズモが内在することに直面し、
星野概念
ほしの・がいねん●精神科医、音楽家、文筆家