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書評/本文を読む

集英社文庫 ナツイチ2021
書評家、永江朗が
おすすめな作品を紹介!

[書評]

〈ナツイチ〉読みどころ 永江 朗

 大沢在昌『漂砂の塔』は北方領土を舞台にしたミステリである。主人公の石上は警視庁組織犯罪対策二課の捜査官。ロシア語しか話せない祖母に育てられ、大学では中国語を学んだ。外見はほとんどロシア人。その石上に特命が下る。北方領土、歯舞はぼまい群島の島で起きた殺人事件の捜査である。レアアース資源開発のため進出している日本企業の日本人社員が殺された。中国系企業もからんでいる。
 北方領土では、日本の警察に捜査権はない。武器もない。石上は日本企業の社員を装い島に潜入。探ると疑惑が次々と出てきて、島のあちこちで犯罪組織のにおいがする。やがて石上は90年前に起きた大量殺人にたどり着く。長い時を隔てたふたつの事件はどう結びつくのか。
 本の街、東京・神田神保町を愛する人なら、逢坂剛『地獄への近道』は必読だ。警視庁御茶ノ水署の刑事たちが活躍する連作短編。刑事の梢田と斉木がバーで怪しい女を見つけたところから、ドラッグの取引と思われる“事件”にかかわっていくのが第1編「影のない女」。梢田・斉木コンビのほか切れ味鋭い女性刑事の五本松など、個性豊かな刑事たちが、ちょっと変わった事件をめぐって活躍する。御茶ノ水・神保町界隈の通りや坂、そして安くて旨い食べ物屋の話題など、愉快なミステリ集だ。
 せめて脳内だけでも旅をしたい。そんな気分にぴったりなのが原田マハ『旅屋おかえり』。元アイドルの丘えりかは、唯一のレギュラー番組をなくしてしまう。人生の崖っぷちに立たされたところで、奇妙な依頼が。難病の女性の代わりに旅をしてほしいというのである。こうして「旅屋」を始めたえりかに、次々と難問がふりかかる。
 東野圭吾『マスカレード・ナイト』は人気シリーズの第3弾。刑事の新田浩介とホテルのコンシェルジュ山岸尚美が事件に挑む。殺人犯がホテルのカウントダウン・パーティに現れるという密告状が警視庁に届く。新田はホテルマンに化けて捜査を始めるが……。
 篠田節子『鏡の背面』は、人間の暗い淵を覗き込むようなサスペンス。依存症や虐待被害の女性たちが暮らす寮が火事になり、「日本のマザー・テレサ」と讃えられた寮の創設者、小野尚子が亡くなる。ところが検証の結果、遺体は別人のものだと判明。死んだのは誰なのか、本物の小野尚子はどこにいったのか、いつふたりは入れ替わったのか。ライターの山崎知佳が寮のスタッフとともに真相を探る。すると浮かんできたのは、かつて世間を騒がせた連続殺人事件だった……。
 ギヨーム・ミュッソ『作家の秘められた人生』はフランス発のベストセラー。断筆を表明し地中海の島で隠棲生活を送る伝説的作家のもとに、文学青年と女性新聞記者が近づく。それと前後して、島では女の惨殺体が発見される。なぜ作家は断筆したのか、殺された女と関係があるのか。やがておぞましい真相が明らかになる。
 人の言うことに何でも「はい」と言っちゃう人をイエスマンという。悪口だ。でも、もしもイエスマンが正義の味方だったら? というのが羽泉伊織の『ヒーローはイエスマン』。愉快な気持ちになる小説だ。サラリーマンの小暮は自他ともに認めるイエスマン。ところが彼は不思議な力を持っている。他人の発言に対して「イエス」とひとこと答えるだけで、その言葉が一瞬にして実現してしまうのだ。ただし小暮自身の言葉は実現できない。もし何かを実現しようとするなら、他人がその「何か」を言葉にして、小暮が「イエス」と答えなければならない。難儀な超能力である。大いに笑わせてもらおう。
 東山彰良の『DEVIL S’DOOR』は悪魔祓ばらいを題材にしたSF。人間とマニピュレイテッド(機械人間、アンドロイド)が対立する未来、主人公のユマはマニピュレイテッドであり、すぐれたエクソシスト(悪魔祓い師)でもある。歌手のシオリが歌う曲を聴いた人間がマニピュレイテッドを破壊する事件が続発。ユマはシオリのマネージャーから悪魔祓いを依頼されるが……。ユマの相棒、アグリが聖書の形をした悪魔、という設定が秀逸。『水滸伝』は四大奇書のひとつとされる中国の古典文学だが、現代人が読むといささか冗漫なところがある。北方謙三はこれを見事に解体・再構成してまったく新しい、そしてとんでもなく面白い大長編に仕立て直した。『水滸伝 一 曙光の章』は文庫版第1巻。時代は12世紀、北宋末期。悪政に苦しむ民衆のために勇敢な者たちが立ち上がる。読みながら血が騒いでくるのを抑えられない。全19巻を読破したくなる。
 藤岡陽子の『金の角持つ子どもたち』は中学受験を題材にした長編。学ぶことの楽しさと素晴らしさが伝わってくる感動的な小説だ。
 もうすぐ6年生になる俊介は、それまで打ち込んできたサッカーをやめて、中学受験をしたいと言い出す。志望校は最難関で知られ、俊介の成績では到底合格できそうにない。父は受験に反対。しかし、家庭の事情で高校を中退せざるを得なかった母は、俊介の望みをかなえたいと思っている。
 じつは俊介にはどうしても希望校に行きたい理由がある。耳の不自由な妹のために、聴覚を共有するロボットを発明したい。だから科学教育に力を入れる中学校に進みたいというのだ。俊介の熱意に父も折れ、俊介は塾に通い始める。俊介は塾で学力を上げるだけでなく、自分で世界を切り開いていく喜びを知る。
 絵金えきんこと弘瀬金蔵は幕末から明治にかけて活躍した絵師。木下昌輝『絵金、闇を塗る』は、この天才の奔放な人生を描く痛快な歴史小説である。しかも、絵金その人ではなく、絵金に嚙みつかれた男たち――絵金に魅せられ、魂を吸い取られてしまう人びとを中心に描いたところがユニークだ。
 髪結いの子として生まれた金蔵は、幼いころから抜群の絵の才能を発揮、やがて土佐から江戸に出て幕府御用絵師に師事する。しかし、権威に媚びることなく描きたいものを描きたいように描く金蔵は、狩野派などから嫉妬と怨嗟の目を向けられる。権威によりかかる器の小さな男たちと、異次元レベルで奔放な絵金の対比が痛快。
 新宿中村屋というと、和洋菓子や中華まん、カレーなどで知られる老舗。創業者の相馬愛蔵・黒光こつこう夫妻は芸術家のパトロンとしても知られ、新宿駅前の中村屋サロンには萩原守衛(碌山)や中村つねら明治・大正期に活躍する多くの芸術家たちが集まった。相馬黒光こと相馬りようの人生を描いたのが葉室麟『蝶のゆくへ』である。
 黒光というと信州・安曇野あずみのの養蚕家・相馬愛蔵と結婚し、中村屋を創業してからのことが注目されるが、葉室の小説では独身時代についても詳述している。これがすごいのだ。北村透谷、島崎藤村、国木田独歩、斎藤緑雨といった作家たちが若い彼女の周囲にいる。そして彼らはことごとく情けない。明治の男たちはサイテーと言いたくなる。一方、女性たちはたくましい。
 死刑囚に希望はあるのだろうか。死刑囚の世話をすることに意味はあるのだろうか。中村文則『何もかも憂鬱な夜に』に深く考えさせられる。主人公は刑務官。担当する未決囚の山井は死刑判決への控訴期限が近づいている。山井と向き合う中で主人公は自らの過去と現在を顧みる。施設で育った日々、自殺した友人、「自殺と犯罪は、世界に負けることだから」と教えてくれた「あの人」のこと。
 2019年に47歳で急逝した瀧本哲史は最期まで若者たちを鼓舞し続けた。『読書は格闘技』は、その瀧本が本の読みかたを伝授するエッセイ。格闘技のラウンドに見立てた各章では2冊の本が取り上げられる。たとえばマキアヴェッリの古典『君主論』とコリンズ&ポラスのビジネス書『ビジョナリー・カンパニー』というふうに、組み合わせが面白い。
 今年のナツイチも傑作ぞろい。家で、公園のベンチで、心ゆくまで楽しもう。

※ナツイチ作品全81冊の詳細は、フェア参加書店で配布されるナツイチ小冊子、またはナツイチ特設サイト(http://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/)をご確認ください。

永江 朗

ながえ・あきら●書評家

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