[本を読む]
わたしたちのための物語
一九九九年、音楽専門学校に通うフランツィスク(愛称ツィスク)は、チェロの練習をさぼってばかりの生意気盛り。スタースをはじめとする悪友たちとバカをしでかす、どこにでもいそうな十六歳だ。そんなツィスクが、雨宿りをする人たちがすごい勢いで地下通路になだれ込んできたために起きた大惨事に巻き込まれてしまう。本書は、事故に遭遇した主人公が昏睡状態に陥ってしまうというシチュエーションから物語の幕をあける。
医師たちは快復しないと
〈この国にいたらほかの選択肢はない。黙ってるか、捕まるかどっちかだ。国じゅうが昏睡状態にさせられたようなもんだから〉。眠り続ける親友に語りかけるスタースの言葉そのままに、この物語における「昏睡」は国そのものの隠喩として機能している。
〈ひとつの巨大な体と化した群集は自滅に向かっていく。恐怖の怪物は己の尾に嚙みついた。人々は争い、もがき、のたうつ〉。ツィスクが地下通路で人波に押し潰されそうになる場面は、圧政に自由意志を奪われた人々の似姿だ。
読み進むほどに、ツィスクやスタースの失望と絶望が胸に突き刺さって痛い。でも、二○年にベラルーシで起きたデモを思う。そして、孫の目覚めを疑わなかった祖母の〈いちばんすごい奇跡はいつも、望みがないときに起きるんだよ〉という言葉を思う。ベラルーシだけの物語として読んではいけない。これは、わたしたちのための物語なのである。
豊﨑由美
とよざき・ゆみ● 書評家