[インタビュー]
表面からは見えないところにある、
人間の魅力的な部分を書きたい
二〇一九年四月に初めての短編小説集『カモフラージュ』(集英社刊)を刊行し、話題を呼んだ松井玲奈さん。NHK連続テレビ小説『エール』、Bunkamura シアターコクーンの舞台『オリエント急行殺人事件』など役者として活躍するかたわら、早くも二冊目の小説を発表した。
タイトルは『累々』。五つの短編がゆるやかにつながり、一つの世界をつくりあげる連作小説だ。二年つきあった相手から結婚を申し込まれ、素直にうんと言えない二十三歳の女性が主人公の「小夜」。去勢手術をするたびに、自分のものを切られる夢を見る獣医が、恋人と呼べない女性との関係を続けている「パンちゃん」。恋愛シミュレーションゲームのようにパパ活女子たちとの交流を続ける四十代の男性が、想定外の反応を見せる女性と出会う「ユイ」。美大で出会った先輩に一途に恋をする女子学生が、曖昧な関係を続けてしまう「ちぃ」。そして、物語の円環がきれいに閉じる最終話。登場人物たちの輪郭がくっきりと浮かび上がる作品だ。
短編から連作へと一歩ずつ作家として前進する松井さんに作品づくりの裏側をうかがった。
聞き手・構成=タカザワケンジ
─ まずは『累々』を構想されたきっかけからお話をきかせてください。
人間の多面的な部分を描きたい。それがスタートでした。もともとはパパ活をしている女の子に興味があったんです。彼女たちはきっとプライベートとパパ活のときでは男性に対する態度が違うんだろうし、「パパ」によっていろんな自分を使い分けているんじゃないだろうか。相手によって変身できてしまう女の子の、ちょっとした“いびつさ”みたいなものにすごく興味が湧いたんです。
─ 五つの物語を連ねた連作という形式をとったのはなぜでしょう?
前回は短編集だったので、次は一つの物語を書くという挑戦をしてみようと思いました。でも、自分の中で長編を書けるかどうかという不安が大きかったんです。そこで、一つ一つの物語は独立しているけれど、全体を通して見たときに大きなまとまりになる連作短編集だったら、今の自分でも書けるんじゃないかと思いました。
─ 実際に書いてみていかがでしたか。
難しかったですね。どの話も何度も手を入れたり、直したりしています。お話ごとに文章や物語の展開を見直しましたし、ほかのお話との兼ね合いから全体を整えるために書き直したりもしました。
─ 第一話の「小夜」は「今年中に籍を入れたいと思う」という彼氏の言葉から始まります。結婚という身近な話題を取り上げながら、どこかにずっともやもやとした不穏な空気が漂う作品です。
最初に提示するお話なので、読者にとって普遍的な題材で書こうと思いました。女の子が人生の中で一度は悩むことを最初に書いておけば、次のお話からはまったく違う展開が書ける。そうすることで意外性が出るんじゃないかと思いながら書いていました。一話ずつ読み進める中で、読んでくださる方に意外だと感じてもらえるといいなとずっと考えていました。
─ たしかに次の「パンちゃん」は「小夜」とはがらっと変わったムードの作品です。主人公は石川という三十代前半の獣医の男性。ちょっと不器用な男性で、共感できる男性が多いのではと思いました。しかし、彼には割り切った関係の女性がいて、でも、だんだんと割り切れない複雑な感情がふくらんでくる。女性の一人称で書くのと、男性の一人称で書くのでは違いはありますか。
違いはとくに意識していなかったですね。でも、自分の感性とか、フェチ的な嗜好が、どちらかというと男性寄りだなと思うときがあるんですよ。男性目線で書いているときのほうが楽しいなと思ったりしますね。
パパ活には物語がありそうだった
─ 三話目の「ユイ」も語り手が男性です。星野という四十五歳の経営者。恋愛シミュレーションゲームのような感覚でパパ活をやっています。この連作集のきっかけにもなったというパパ活の話ですね。
自分なりに小説のためのリサーチをしていたときに、パパ活はしがらみがない関係だからいいって言っている男性が多かったんです。それとは別に、いま恋愛をゲームとして見ている人ってけっこういるんだろうなと思っていて。しがらみがない女の子との恋愛をゲーム感覚でするって、女の子をいかに効率よく攻略していくかという恋愛シミュレーションゲームと同じなんじゃないかと。星野という男性は女性に恋愛感情は持たないけれど、シミュレーションとして攻略していくことを楽しんでいる。なかなか変な人だなと思いながら書いていました。
─ 星野はゲーム画面のワンシーンのような感覚で女性たちを見てるんですよね。それがちょっと滑稽でもあります。そもそもパパ活っていうのも不思議な現象ですね。中高年男性が若い女性と御飯を食べたりカラオケに行ったりして、お小遣いをあげるという。恋愛シミュレーションという見方に納得できました。
それが正解かどうかは分からないんですけど、男性の側にどこか満たされない部分を埋めたいという気持ちがあるのかなと思いますね。その対価として女の子にお金を払う。女の子もお金という直接的な利益を得て満足する。すごく歪んではいるんですけど、ちゃんと交換が成立している。そこには物語がありそうだなと思いました。
─ 「物語がありそう」というのは作家の視点ですね。その物語は典型に収まっていません。一話から三話までは、恋愛小説における典型的な恋愛を回避している話だと思います。恋愛にのめり込みたくない、のめり込めないところに物語があるんだな、と。
そうかもしれません。言われて気づきました(笑)。
─ しかし第四話の「ちぃ」は直球の恋愛小説です。ちぃという主人公がかなりの熱量で恋愛をしている。でも、相手が向き合ってくれないところが変化球。「ちぃ」はこの連作集のイメージを大きく変える作品でもありますね。
「ちぃ」はある意味でこの作品のスタートの物語でもあるんですよね。四話の主人公であるちぃが本当にのめり込むような恋愛をしていたからこそ、ほかのお話が生まれたというくらい重要だと思っています。一話、二話、三話を読んだ方たちが四話を読んだ時点で、また一話から戻って読み直してもらえると嬉しいなと思って書いていました。
─ 内容も息苦しいくらいですよね。書く側としては精神的にはどうなんでしょう。重いと感じながら書かれたんですか。
書きながら重いなとは思っていましたが、一番書きたいことが詰まっているのが四話だなとも思っていました。この人のことが世界で一番好きだって思う、若い頃の苦しいけど輝いている恋愛。その大恋愛が破綻したときの崩壊感。すごく暗くて重いんですけど、ドラマチックでもありますよね。書いていると、どんどん重く暗くなっていくので、どこかで救いがあったほうがいいのかなと思いつつも、ここでちゃんと落ちるところまで落ちておかないと作品全体としては駄目だなと思って振り切りました。
─ 読みごたえがありました。しかも、恋愛を描いたというだけでなく、恋愛を含めた心地よい関係がどうやったら人とつくれるのかという探求の物語にも思えたんですよね。人が生きていくために他者との距離感や関係性を探りながら成長していく物語だと思いました。
関係性……そうですね。自分では意識はしていなかったんですが、書き終わってみると、自分にとって都合のいい関係でいたい人たちが多いなとは思いましたね。都合のいい関係がいいと思っているわけではなくて、そういう人間関係が世の中にあると思うんです。 最初にもお話ししたように、人って、相手によって見せている部分がぜんぜん違うなと思うんです。一人の人を「いい人だよね」と好意的に言う人もいれば「あんなヒドいやつはいない」と非難する人もいる。人の見え方もいろいろだし、関係性によっても見方や感じ方が変わってくる。本当の自分とか、その人の本当の姿ってあるのかなと思ったりします。
生きていく中で積み重ねていくもの
─ 連作の魅力の一つに、同じモチーフが登場して、その意味を「読む」楽しみがありますね。たとえば、ピーテル・ブリューゲルの絵画「バベルの塔」は『累々』を象徴するイメージであり深読みしたくなります。
私自身も美術が好きなので、美大生の女の子を登場させることで、自分がモチーフにしてみたかったものを作中に入れることができたのは楽しかったですね。美大にも行って取材をさせてもらって、それを小説に落とし込むことができたのは新しい挑戦だったと思います。
─ 『カモフラージュ』もそうですが、松井さんの作品には表面を剝ぐ、裏側をのぞくという視点がありますね。軽やかな文体で書かれていてユーモラスな表現もありますが、光だけでなく影や闇がある。『累々』でもそのコントラストが魅力だと思います。
ありがとうございます。結局、書きたいことって同じなんだなと思いましたね。表面からは見えないところにその人の魅力的な部分があるし、引きつけられます。
『累々』というタイトルにしたのも、言葉からは不穏なイメージを連想するかもしれませんが、人が生きていく中でみんなそれぞれ積み重ねていくものがあるという意味なんです。どんな経験であれ、一つ一つ経験してきたことがその人をつくりあげていると思います。
─ 一つ一つの経験がその人の多面性にもつながっていそうですね。最後に、次に書きたい作品について教えてください。
これまで人の暗い部分を書くことが多かったので、次は明るくてポップな話を書けたらいいなと思っています。書きたいなと思うものはもう考えています。あと、長編にぜひ挑戦してみたいですね。
松井 玲奈
まつい・れな●役者。
1991年生まれ。愛知県出身。2019年に短編集『カモフラージュ』で作家デビューを果たした。