[本を読む]
共鳴を呼ぶ言葉たち
出産を経て仕事ができなくなる女性のことを、可哀想だと思っていた。育児における男女の不平等と、女性が強いられる負担にひたすら
本書『マザリング 現代の母なる場所』の著者・中村佑子さんは、そのことじたいに疑問を投げかけ、言葉にするのが困難なその内側について、探求し、書き記そうとする。さまざまな母親にインタビューをし、彼女たちの言葉がこだまのように身内に反響しては生み出される自身の言葉を書きつけてゆく。取材対象はやがて母親だけでなく、産まないことを選んだ女性、養子縁組をした夫婦、父親、といったひとびとにも及んでいく。
体裁としては聞き書き集ということになるのだろうが、ここにあるのは何かもっと、いわく言い難く圧倒的なものだ。授乳とオムツ替えを繰り返す赤ちゃんとの“濡れた生活”。出産により覗き込んだ死の側の世界のこと。子どもの生きる神話的な時間と、それに付き合って生きることにより“再演”される自分の幼少期。あるいは少女であること、性愛のこと。幾つものテーマを経めぐって、最終章において語られる著者自身のお母さまのこと――この章をわたしは、切迫早産での長期入院中に雑誌で読んだ。胎児とともに横たわり、活字を受けつけない日々のなかで、ただ中村さんの言葉だけが浸透してくるのがわかった。
自身の産後の失語症的状況から、二年間の連載を通して著者が辿り着いた場所。読みながらわたしの内側でも、言葉がずっと共鳴を起こしていた。弱さの究極へと手を差し延べて、その内側へと踏み入っていくような果敢な営為の先に、
谷崎由依
たにざき・ゆい● 作家、翻訳家