[巻頭インタビュー]
すべての小説好きに贈る、
小説の書きかた、味わいかた
小説ってどう書けばいいの?
そんなシンプルでハードルの高い質問に、具体的かつ真摯に、そしてどこまでもフレンドリーに答えてくれる。それが三浦しをんさんの新刊『マナーはいらない 小説の書きかた講座』です。左の目次にあるように、一皿目から「コース仕立て」で進んでいく講座では、小説を書くときのお約束や技術についてのアドバイスが展開しますが、単なる小説のお勉強本にあらず。そこかしこでノリのいい“しをん節”がさく裂。ときおり小説愛あふれる作家の私生活も垣間見えて、面白く楽しく、最後まで飽きさせません。「ツッコミどころ満載です」という著者ご本人に、味わい深い料理を提供する店内(本)を案内していただきました。
聞き手・構成=宮内千和子/撮影=冨永智子
多発する「ここは保健室。」問題について
─ 一皿目から始まって、フルコースで二十四皿まで、小説の書きかたはもちろん、小説応募の手順や注意点、プリントアウトの仕方まで、その細やかで具体的なアドバイスがとても新鮮でした。しかもそれがちっとも上から目線じゃなくて、読者の書きたいなという気持ちを後押ししてくれる、そんな勇気をもらえる本だと思いました。
ありがとうございます。そう言っていただけると本当に安心します。でも、上から目線にはなろうにもなれません(笑)。小説についてあまりどうこう言える立場じゃないし、アドバイスというのもおこがましいし、どうお伝えしたらいいのか、迷いながら、考えながら書きました。人によって書きかたっていろいろあると思うんです。悩んでいるポイントやつまずいているポイントも当然人ごとに違うじゃないですか。だから、具体性をどこまで持たせたら読んでくださる方の参考になるのか、そのあんばいが難しくて、それでついつい、自分の場合はこうだった、ああだったみたいなことを盛り込んでしまいました。
─ その見本の具体例が秀逸です。場面描写の例文で「ここは保健室。」という一文を出して、これは誰が言ってるんじゃいとツッコミを入れつつ、「描写」と「説明」の違いをわからせる。そのなるほど感がすごい。
コバルトの短編小説新人賞の選考をずっとやらせていただいていたんですが、「惜しい! もうちょっと気をつけると、もっとよくなるはずなのに」と感じることがありました。そのひとつが、今あげたような「描写ではなく、説明になってしまっている文章」なんですね。いろんな応募作を拝読していると、やっぱり説明になっている文章が多い。そういうのって自分でも気づかずに書いちゃっていることがあると思う。それをどう伝えようかと思って、うんうんうなりながら考え出した例文が「ここは保健室。」(笑)。登場人物がどこにいるのかを手っ取り早く読者に伝えようとして、こういう一文をぶっこむと、小説としての味わいや雰囲気がぶち壊しになるよと。「ここは保健室。」問題ってめちゃくちゃ多いんですよ。私自身も小説を書き始めたころ、編集者さんに指摘されて、ああ小説って描写が大切なんだなと思ったことがありました。こうした例文で、みなさんが、そうか、ここは説明になっちゃっているなと気づいて修正し、描写力を上げるきっかけになればいいなと思います。
昔と比べて、みんな文章が上手いけど
─ 今はSNSで書き慣れているせいか、みんな文章が上手いとありました。
上手いですよね。何じゃこりゃという文章は、圧倒的に少なくなりました。見た映画でも、小説でも漫画でも、それからお料理でも、そういうものに対してみんながちゃんと自分の考えや感想を述べるし、評論できちゃう。昔はってあまり言いたくないけど、昔はそんなのしようにも場がなかったし。私は学校の読書感想文を書くのも嫌だったので、レビューをマメに書くなんて絶対に無理です(笑)。
─ 確実にみんなのレベルが上がっている。でも、小説というと、やっぱりそこには一線を画すものがあるということでしょうか。
文章を書くのが苦にならないという人は、気軽に友達とメッセージアプリでやりとりしたり、レビューをネットにアップしたり、ツイッターで発信したりされている。それはすごくいいことなんだけど、書くことを仕事として対価をもらってずっとやり続けるとなると、ちょっと次元が違うかなと思うんです。
それって何でもそうだと思う。料理が得意で毎日するという人はけっこういると思うし、身近な人も食べておいしいと言ってくれる。だけど、仕事として料理をお店で出すとなると、また違ってきますよね。いくら体調が悪くても、スーパーで買ったお惣菜を提供するわけにはいかないし、同じメニューなのに時々味が変わるというのでは、店としてはちょっと問題ですしね。それこそお店の掃除とか、仕入れとか、レシピとか、そういうことも含めて全部厳密に考えなきゃいけない。どんな仕事でも同じなんだと思うんですよ。
─ 商品として出すために。
そうそう、そうなんですよ。それこそ家で自分が飲む味噌汁を作るんだったら、味噌を溶いて、味見もしないで、まあこんなもんだろうという感じでいいと思うんですよ。でも、お店で出すとなったら、ちゃんと出汁をとって、具も考えて、味見もして、温度にも気を配り、と気を遣いますよね。
小説の技術は後からいくらでも磨ける
─ 本の中に、三浦さんが小説を書く際に作成したチャートっぽい構成の図版が載っていますが、構成やプロットをどう作るか、小説ではやはりそれが重要になりますか。
それは書きたいと思っている作品のテイストにもよるし、その方がどういう順番で発想するのがやりやすいのかにもよると思います。でも、大まかな傾向として、短編小説新人賞に応募してこられる方はまだそこまで小説を書き慣れていないですよね。それと応募作品の傾向として、割ときらきらした魅力的な登場人物が多い。つまり登場人物に対する萌えがある人が多いんですよ。こういう人がすてきだとか、格好いいとか。それってすごく大事だけれど、そういうところから発想すると、人物はすごく生き生きしてきらめきもあるのに、話が尺に収まってないとか、寸足らずで終わるということもありがちなんです。つまり、構成を立てるという発想があまりない。なので、この本では、構成を立てたほうが書きやすいし、地図を手に入れたほうが安心して歩けるよ、ということを言いました。
─ 今おっしゃった、「私はこういう人が好きだから書きたい」は、情熱ですよね。
そうです、それが一番大事な部分。でもその情熱が先走りすぎて全体の構成がややいびつだったりするともったいないよということです。それはちょっとした技術でカバーできるし、その技術は後からいくらでも身につけられるし磨けるんですよ。物語の型とかセオリーを踏まえて、じゃあ、どうしようかと考える。慣れると、今回の作品だったらこうするのがベストかなというやりかたが見えやすくなると思う。とくにコバルトに応募される方たちは何よりも情熱があって、読むたびに胸がキューンとなります。だから伸びしろが大きいというか、ちょっとした技術でカバーすると大きく変わる。情熱に技術がプラスされると、自分が書きたかったことが十全に表現できると思いますね。
─ 自分が書きたいことが思うように書けない、すごく好きなのにこの人のことを上手く表現できないと言っている人にとって、この本はバイブルになりますね。
ありがとうございます。そうなるといいんですけど。ただ、一冊にまとめることはできたけれど、自分の小説では実践できないというのが大きな落とし穴なんですよ。こうすればいいんだろうなということはわかっても、できないからもどかしいし、難しいんですよね。
─ でも、三浦さんご自身が、私だって同じなのよと、小説家がジタバタする内幕をちゃんと暴露していることは、読者にとってすごく親近感を覚えるし、勇気になりますね。
私の本に対する信憑性が失われるかもしれないですけどね(笑)。
黒い感情こそ、小説のタネになる
─ 三浦さんは、電車に乗っているときもテレビを見ているときも本を読んでいるときも、起きているときはずっと脳内のおしゃべりが止まらないそうですね。これは天性の小説家の資質なのかなとも感じるんですが。
私、みんな脳内でずーっとしゃべっているんだと思っていたんです(笑)。電車の中でも、この人ってこうだよね、これってこういうことかもしれないとか、勝手に想像を膨らませて脳内でしゃべっている。目の前で起きていることに対してもそうだし、関連して過去のことを思い出してあれこれしゃべり散らす。寝る直前まで本や漫画を読んでいて、脳内でいろいろ言語化しているか、言語に触れていて、疲れてがくっと寝る感じなんですよ。
─ そうやって何でも言語化する習性の中で、書きたいことや物語のタネを見つけることが多いとか。
そういう感じです。過去の腹が立ったこととかを思い出して、一人で脳内でしつこく怒ったりとか、妄想も多い。自分に都合のいいストーリーを脳内でしょっちゅう捏造して、勝手に自主制作している。
─ カラスがしゃべったり、幽霊とセックスしたり、三浦さんの小説には、奇想天外な展開がありますが、それも妄想の成果?
そうそう、脳内で何を考えているかといえば、大半はエロいことを考えている(笑)。小説を書くアイデアにエロ妄想は大事です。
─ じゃあ根っからの小説家なんですね(笑)。
いや、どうでしょうね(笑)。でも、何をどう書くか悩んでいる方も多いと思うんですが、物語のタネって、自分の中のちょっとした感情がきっかけになって見つかるんです。私の場合は、さっき言った「絶対許せん」という怒りの感情や、過去にあったいたたまれなかったこと。そういうのがすごく多い。
誰でも寝る前に今日一日を思い出してギャーッとなることってありますよね。あのときやらかしたよというのもあるし、あの人がああいうふうに言ったのはもしかして意地悪だった? みたいなことを、後になって気づくということがあるじゃないですか。何かそういうのをちまちまと自分の心の中のマッチ箱に集めていって、パンパンになって、助けて!みたいなことになっている。そういう感情をきっかけに書きたい話が浮かんできたりするんです。
─ ということは、思い出したくない自分の中の嫌な感情や恥部と向き合わなくてはいけないですよね。
そうなんです。なかったことにしたいのに、たまに何かの拍子にそれを自分から開けたり、思い出しちゃって、あーっみたいになる。人ってネガティブなことのほうをよく覚えているものですよね。楽しかったりうれしかったりしたことは割と曖昧になっちゃって細部をよく覚えていない。それは人間の本能なのかな。多分二度と嫌な気持ちを味わいたくないし、失敗したくないから、ネガティブなことを覚えておいて、次は回避できるようにしようとするんでしょうね。私は、そういうもののほうが小説のタネになりやすいと思っています。
─ 自分の中の見たくない感情をちょっとのぞいてみると、きっかけが見つかるかも、ということですね。
そうです、そうです。そうやってもやもやしたもの、黒いものを書くことによって、自分の中で、分析ができたり納得がいくということもある。小説って、登場人物に自分とは違う道を行かせたり、自分がしたかったけどできなかったことをさせ、言いたかったことを言わせられるでしょう。そうすることによって、自分の中でずっとわだかまっていたものが少しすっきりする。黒いものを希望のほうへ持っていくことで、精神にいい作用をもたらす場合があると思うんですよ。現実の世界で実現できなかったことも小説のなかでは実現できる。それが小説を書く一番の魅力かもしれないです。
─ 小説を書くことは苦しくも楽しくもあると思いますが、やはり“好き”が原動力でしょうか。
例えば料理については、何も工夫したくないんです。何も思いつかない。だけど小説はやっぱり好きだから飽きなくて、ああしよう、こうしようと、考えるのが楽しいんでしょうね。
─ 小説家志望の人だけでなく、この本は三浦さん流の創造的なものへのいろいろなアプローチにあふれています。
小説を書いていて、ちょっと行き詰まっている方にももちろん読んでいただきたいのですが、小説を書いていない、書くつもりはないという方にも読んでいただかないと売れ行きがまずいので、ぜひ買って読んでほしいです(笑)。小説に限らず、映画でも漫画でも何でもいいんですが、じゃあ、自分はこういう視点で味わってみようかなとか、創作物を楽しむときの取っかかりにしていただければ嬉しいなと思っています。
三浦しをん
みうら・しをん●作家。
1976年東京都生まれ。2000年『格闘する者に○』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞を受賞。そのほかの著書に、『あの家に暮らす四人の女』(織田作之助賞)、『ののはな通信』(島清恋愛文学賞、河合隼雄物語賞)、『愛なき世界』(日本植物学会賞特別賞)などがある。近著にエッセイ集『のっけから失礼します』。
『マナーはいらない 小説の書きかた講座』
三浦しをん 著
発売中・単行本
本体1,600円+税
■目次より(一部抜粋)
一皿目 推敲について
二皿目 枚数感覚について
三皿目 短編の構成について(前編)
~
九皿目 比喩表現について
十皿目 時制について
十一皿目 セリフについて(前編)
~
二十二皿目 お題について
二十三皿目 短編と長編について
二十四皿目 プロデビュー後について