[インタビュー]
心の中は読んでみないとわからない
『medium 霊媒探偵城塚翡翠』がミステリー関連の賞で五冠達成。『小説の神様』が映画化されるなど華々しい活躍が続く相沢沙呼さん。最新作は中学校の図書室を主な舞台にした連作小説集。読書好きの図書委員、あおちゃん(「その背に指を伸ばして」)、「将来の夢を書きなさい」という課題に
六人六様の心のうちにある口には出せない言葉をすくい上げ、思春期のはじまりにあったときめきや切なさが浮かび上がる。相沢さんが彼女たちに託した想いとは?
聞き手・構成=タカザワケンジ/撮影=山口真由子
女の子の一人称で連作を
─ 『教室に並んだ背表紙』の着想がどこから生まれたかを教えてください。
以前書いた『雨の降る日は学校に行かない』がやはり中学校を舞台にした連作短篇集だったんですが、学校の図書室で人気があるそうなんです。図書室で読まれているなら、今度は中学校の図書室を舞台にしてみようと。
─ 『教室に並んだ背表紙』とは女子中学生の一人称という共通点もありますね。
女の子の一人称視点で書きたいというのは最初から思っていました。男の子の一人称で心の動きを繊細に書くと、いらいらするとか、うじうじしていて読めないとか言われてしまうんですよね。これまでの経験から、女性の一人称で書いたほうが読者に受け入れられやすいということを学んだんです。いずれまた書きたいと前々から考えていました。
それに『雨の降る日は学校に行かない』でできなかったことをやってみたいとも思っていました。『雨の降る日は学校に行かない』は一話一話がばらばらの話だったんですが、今回は登場人物と舞台を絞った連作になっています。
─ 青春小説なのかなと思って読み進めていくと意外な仕掛けがあります。相沢さんは昨年の『medium 霊媒探偵城塚翡翠』が「このミステリーがすごい!」一位をはじめ、ミステリー関連の賞を総ナメにしていますから、読者を驚かせたいという狙いがあったのかと思ったのですが、どうでしょう。
いえ。今回はミステリーにするつもりはなかったですね。一応仕掛けはありますが、ミステリー的な狙いからというよりは、物語として効果的だから入れたという感じです。驚いてもらいたいという考えはあまりなく、むしろミステリーに慣れていない読者に「こういう楽しみもあるのか」と思ってもらえると嬉しい。
─ ミステリーじゃないんだなと油断して読んだほうがいいですね。
そうです。ミステリーが好きな読者は、ミステリーじゃない小説にミステリーの部分を見出すと好意的に捉えてくれますから(笑)。
─ わかります、読者としてその気持ち(笑)。仕掛けもこの作品の世界にふさわしいもので、学校の図書室という場所が引き立つ結果になっています。
僕が子供の頃に感じていた「自分は大人になれるんだろうか?」という不安というか、疑問を提示しつつ、それが解消できるようなギミックなので。作品のテーマに合っていて、自分でもカチッとハマったというか、思いついたときには、やるしかないと思いました。
ご都合主義にならないように
─ 「子供の頃に感じていた疑問」とおっしゃいましたが、中学生という設定が絶妙です。まだ子供のしっぽが残っていて、性についても未発達なところがある。そのあたりもこの作品の魅力だと思います。中学生に取材をされたりはしたんですか。
中学校の図書室には一度行きましたが、司書の先生の話を聞くのがメインだったので、生徒たちとはそんなに話はできませんでした。一応、ティーン雑誌を読んだりはしましたけど。買うのが恥ずかしいから送ってほしいと編集者に頼んだりしました。
─ いまどきの子供たちの言葉遣いを取り入れていますよね。
中学生が相談ごとを書くようなネットの掲示板や、SNSをのぞいて雰囲気を勉強しようとはしたんですが、言葉遣いがあまりにも独特過ぎて、この文体で書くのはハードルが高いなと思いました。絵文字に依存している部分も大きいですし。
─ いまの子たちの言葉遣いのニュアンスを入れつつ、この作品の世界にふさわしい文章で表現した、ということでしょうか。
僕のフィルターを通していますから。気持ち悪かったら申し訳ないんですが、書くときに自分を女子中学生だと思わないと書けない部分があって、入り込むというか、降ろしてくるというか。そういう作業が必要なので、毎回書き出すまでに時間がかかりました。
─ 入り込めれば一気に、ですか。
そうですね。ただ、最終話だけは苦労しました。内容が重たかったからですけど。
─ たしかに最終話は読んでいても胸が苦しくなりました。クラスで仲間外れにされている女子の視点で描かれています。
難しかったのはどうしても大人の目線になってしまうからなんです。つらい状況を何とかしてあげたくて、ついつい司書のしおり先生の視点が入ってきてしまう。
僕はいつも物語がご都合主義になっていないかに気をつけているんですが、最終話は、大人にとってこうあってほしいみたいな、ご都合主義的な展開になってしまうんじゃないかとすごく迷いました。書いているときからなかなか筆が進まなかったし、書き終えたあとも何回も直したんです。いまだにこのかたちが正解かどうかわからないですね。
─ なるほど。だからこそ最終話には相沢さんの作品の特徴が凝縮されていると思いました。相沢さんの作品では、祈りや願いが重要なモティーフになっているのですが、それがかなうことだけがゴールではない。しかし、それでも祈ってしまうという葛藤があると思います。
そういう面でいえば、最終話はしおり先生のせりふに祈りのようなものがかなり出てきてしまったんですよね。でも、そうすればするほどつくりものっぽくなるというか。作者の僕が出てきてしまう感じになるんですよね。ですから、直したり、削ったりしました。
─ 「つくりものっぽさ」というのは、たとえば、大人の想いを言葉にしたからといって、それがすんなり中学生に届いたとしたらウソっぽいということですよね。
そうなんですよ。このバランスでよかったのかどうか、書き終えたいまもわからないんです。
─ 大人の読者にとっては、それがまた切ないですね。この作品全体に、中学生が自分の言葉を誰かに伝えようとして壁にぶつかっているところがある。大人の読者は十代の頃を思い出すのではないでしょうか。とくに学校の図書室という、言葉が集積した場所が舞台になっているのも象徴的です。
実は僕自身は図書室にあまり縁がなかったんです。利用したことがあまりなくて。今回、学校の図書室ってどんなところなんだろうとあらためて思って、だから取材にも行きました。
─ この学校の図書室は、司書室に畳があってちゃぶ台がある。学校にこんな図書室があったらいいなと思いました。
この本を書こうと決めるよりもずいぶん前に、図書委員をやっていて図書室で過ごすことが多かったという若い友だちから話を聞いたことがあったんです。そのときにとったメモを読み直したら、司書室に畳が敷いてあって、司書の先生と生徒がちゃぶ台を囲んでいた、と。その印象が強かったので取り入れました。あとは、取材に行った学校の図書室の雰囲気も参考にしていますね。開放的でいい場所だったので。
─ 六話とも図書室がからんできますが、一話一話語り手がすべて違います。そして、ほかの話の中に語り手たちがチラッと顔を出すのにも興味を引かれました。
学校という狭い社会を舞台にすることで、かすかなつながりというか、ちょっとずつリンクしている関係を書いたら面白いんじゃないかと思ったんです。
─ 一人称で書かれているので、読者に見えるのは主人公が意識している世界だけ。しかも語り手が変わっていくので、同じ世界や、同じ人物が少しずつ違って感じられます。
テーマの一つとして、その人のことは心の中を読んでみないとわからない、ということは最初からありました。いろいろなタイプの子を登場させて、この子はある視点から見るとこうだけど、その子自身の視点から見ると実はこうなんだよ、ということを表現したかったんです。
どこかで誰かが本の話をしている
─ 昨年から今年にかけて『medium 霊媒探偵城塚翡翠』が大きな話題になっていますが、相沢さんはミステリーだけでなく、青春小説、ライトノベルなども手がけていますね。ジャンルについてはどうお考えですか。
書きたいものはいろいろあって、たまに何を書きたいのか自分でわからなくなってくるんです。どの道を進んでいけばいいんだ、みたいな迷いもあるし、これから先、どんなものを書いていこうかという漠然とした不安は常にありますね。やりたいものは本当にいっぱいあるんですけど、それが求められているものなのかなと思ったりもしますし。
─ 相沢さんの『小説の神様』を思い出しました。ちょうど今年映画化されましたが、主人公の
多分そうなんでしょうね。本当に自分のジャンルがわからないです(笑)。いまは『medium 霊媒探偵城塚翡翠』からの流れで、ミステリーを求められているようなので、ミステリーを書かなきゃなとは思っているんですが、ほかにも書きたいものがいろいろあるんです。
─ 図書室が舞台ということで、『小説の神様』の千谷一夜かなと思わせる作家の本が登場するのもファンには嬉しいところです。
『小説の神様』を書いたときに、学校で司書をしている方からお手紙をいただいたんです。僕の小説の話で生徒たちと盛り上がることがあるそうで、こういう光景が作者にも届くといいのにと思っています、みたいなことを書いてくださって。「そうか、僕が書いた本のことを図書室で話している子供たちがいるんだな」と。当たり前のことではあるんですが、考えたことがなかったので、ハッとしたんですね。
そう考えると、『小説の神様』の千谷くんは自分の作品が売れていない、社会から求められていないとずっと言ってるけれど、彼の本を読んで何かしら思うところがあった子たちが会話の糸口にしている可能性だってあるわけですよね。このお話の発想の源流にそういう出来事があって、僕の本の話をするよりは、千谷くんの本で会話しているほうがいいなと思って、わかる人にはわかるように書いたんです。
─ 千谷一夜の本だと気づいたときに、『小説の神様』が本を書く側の話だとしたら、『教室に並んだ背表紙』は書かれた本をどこかで読んでいる子たちの話なんだと思いました。
そういうささやかな仕掛けを入れるのが好きなんです。気づかなくても読めるけれど、気づくとトクをしたような気持ちになるような。どこに仕掛けがあったとか、読んだ人同士で話してもらえると作者としては嬉しいですね。
相沢沙呼
あいざわ・さこ●作家。
1983年埼玉県生まれ。2009年『午前零時のサンドリヨン』で第19回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。著書に「酉乃初の事件簿」「マツリカ」「小説の神様」のシリーズ、『雨の降る日は学校に行かない』等多数。『medium霊媒探偵城塚翡翠』が「このミステリーがすごい! 2020年版 国内篇」、「2020本格ミステリ・ベスト10 国内ランキング」「2019年SRの会ミステリーベスト10」にて第1位を獲得、Apple Books「2019年ベストブック」ベストミステリー選出、第20回本格ミステリ大賞小説部門を受賞した。