[刊行記念インタビュー]
近くて遠い、
台湾の本当の姿を求めて
かつてイラ・フォルモッサ(美麗島)と呼ばれ、過去に一度として独立国家であったことのない小さな島・台湾。日本との関係は深く、旅行先としても人気の高いこの島を、乃南アサさんが訪れるようになったきっかけは東日本大震災だった。たくさんの義捐金を送ってくれた台湾を知りたい。なぜ台湾は親日なのか。二〇一三年から台湾を訪れ、『美麗島紀行』を上梓。
その後も台湾への興味と愛は尽きることなく、まもなく『美麗島プリズム紀行』が刊行される。各地を歩き、歴史を紐解き、様々な人と出会いながら、台湾の多彩な表情と、旅の途上で湧きあがる心情を叙情豊かに綴った台湾紀行。刊行に当たり、乃南さんご自身が撮影された写真とともに、インタビューをお届けする。
聞き手・構成=砂田明子
─ 二〇一五年に『美麗島紀行』を上梓されましたが、その後も台湾への旅を続け、台湾の奥へと分け入っていかれました。
まだ台湾の本当の姿を見られていないのではないかという思いと、それから、これは日本でも同じですが、戦争体験をお持ちの方にお話を伺えるギリギリの機会なので、可能な限りそうした方にお目にかかっておきたいという気持ちがありました。もう一つ、台湾は本当に変化が速い。私が前著の取材を始めたのは二〇一三年。それから七、八年の間に、ずいぶん変わりました。その変化を書きたいと思ったのです。
「世界で唯一、呼吸できる芸術品のような住宅」を目指して建築中のマンション「陶朱隠園」。向こうに建つのが、台北101
─ 台北でドイツビールが流行し、新名所となりそうな超高級マンション「呼吸する隠れ家」が建ち、今年の台湾総統選挙では接戦の末に蔡英文氏が再選を果たすなど、台湾の“今”を活写されています。
台湾の人はすぐに飛びついてすぐに飽きる。とくに台北はそうで、行くたびに風景が変わっていきます。個性的なマンションを建てているのは日本の熊谷組です。台湾の人たちの日本のゼネコンへの信頼はものすごくて、ステータスになるようなんですね。台北101という、完成当初は世界一の高さを誇ったビルの施工も熊谷組です。一方、日本統治時代に日本人の手によって建てられた建築物も台湾にはたくさん残っていて、この本では、そうした建築物や街並みをいろいろと巡りました。
かつて鉱山技師の住宅だった日本家屋。映画『牯嶺街少年殺人事件』の撮影に使われた
今年一月の総統選挙は台南で見ました。台湾の選挙はお祭りで、今回、投票率は74・9パーセントという、日本人からしたらうらやましくなるほどの高さ。各陣営、足の引っ張り合いなど、えげつないこともやるようですが、面白いのは、勝っても負けても終わったらみんなケロッとしてること。四年後またやろうぜ、みたいな感じがある。争点は政治信条だけではなく宗教が絡んだりと複雑ですが、日本統治時代、反体制派が弾圧された白色テロの時代など、苦難の時代を経て民主主義を勝ち取り、今こうやって選挙をしているわけですから、政府に対しては、自分たちが選んだ政権だという強い意識を持っています。
─ 新しいもの好きの一方で、
台湾の人は信仰心が篤く、迷信深いところもありますね。ただ旧暦が意識されているのは韓国もそうですし、日本でも沖縄などは、昔から受け継がれたものや季節を大事にしていますよね。私は日本も、生活に根ざした行事や風習などは、旧暦を守ってもいいのではないかと思っています。
原住民族・パイワン族の女性用の民族衣装
─ 冒頭でお話しされた通り、乃南さんは本書で、戦争を知る世代の方に会われています。彼らの体験や立場はそれぞれで、「心は日本人」で台南一中に通ったという男性、中国共産党を支持する老人、国民党への疑問をぶつける女性……様々な角度から台湾と日本の歴史が浮き彫りになります。
台南一中に通ったという方は、正確な日本語を話されました。それから老人は、台湾の人口のうち、およそ13パーセントを占めると言われる外省人(戦後、大陸から台湾へ移り住んだ人々とその子孫)の、しかも一世なんです。話を聞いておきたいと思ったものの、実際に家を訪れて、我ながら無鉄砲すぎたかなと思いました。日本人を何人も殺した話とか、通訳を介して聞いても鬼気迫る感じがありましたし、最後、握手しましたが、すごい握力で……怖かった。でも私は、行っちゃダメといわれるほうに行ってしまう性格。とくに今回は、前著と比べて、細かく予定を立てないで歩きまわるという寄り道の多い旅をしたんです。そのおかげで、思いがけない人に出会う幸運もあったし、その反対もありました(笑)。
一つ残念だったのは、コロナによって、少数民族の取材に行けなくなったこと。パイワン族の村の話など、この本に書けたこともありますが、原住民族についてもっと知りたかったですね。
─ 多様な民族が暮らす台湾から、日本は学ぶところが多いと思いますし、読後、台湾に行きたくなります。
また行けるようになったら、大都会の台北もいいけれど、台北から離れると、より台湾の多様性を感じられると思います。台湾で唯一、古蹟に指定されている現役の小学校がある台中清水区や、台湾のシリコンバレーと呼ばれる新竹などは面白いのではないでしょうか。この本では観光ではなかなか行けないような場所も歩いていますので、気軽に楽しんでいただけたら嬉しいですね。
協力:一般社団法人日本台湾文化経済交流機構/プロジェクト「まごころ日本」©Project Magokoro Nippon
※日本台湾文化経済交流機構は日本統治時代の歴史建造物等の保存及び伝承、台湾と日本の良質な文物を相互に伝える活動を行っています。
乃南アサ
のなみ・あさ●1960年東京都生まれ。
早稲田大学社会科学部中退後、広告代理店勤務を経て、88年『幸福な朝食』が第一回日本推理サスペンス大賞の優秀作に選ばれ、作家デビュー。著書に『凍える牙』(直木賞)『地のはてから』(中央公論文芸賞)『水曜日の凱歌』(芸術選奨文部科学大臣賞)』『美麗島紀行』『チーム・オベリベリ』等多数。