[今月のエッセイ]
鉱物を通じて身近な世界を眺める
その石は、金属質だが虹色に輝いていた。その中心には、透き通った飴色の別の石が顔を覗のぞかせていた。化石を買いに東京国際ミネラルフェアへやって来た私は、一瞬でその石に魅了された。
これは何という鉱物なのか。何処からやって来たのか。どうしてこうなったのか。
湧き上がる疑問の答えを探すべく、鉱物の本を読み
私を魅了した石というのは、モロッコ産の黄鉄鉱に包まれた
しかしながら、同産地でこのようなたたずまいの石を見たのは、これっきりだった。黄鉄鉱も蛍石も珍しい鉱物ではないが、産状(産出した状態)は珍しかったのかもしれない。
それ以来、鉱物を眺めては、その背景を探るのが楽しくなった。
彼らは、地中深くで形成されたり、水が干上がることで濃縮されたり、生物の遺骸が変化したりと、長い年月を経て鉱物となり、長旅の末、人間の手に渡る。そんなドラマに思いを
そんな想いを、一人でも多くの方に感じて貰いたいと思い、本シリーズを手掛けたのである。
『水晶庭園の少年たち』は、主人公である
樹は中学生の男の子。丁度、多感な時期だ。
祖父と愛犬を亡くして傷ついた樹は、祖父が遺した鉱物コレクションを通じて、自然が紡ぐドラマの壮大さと美しさ、そして、哀しみから立ち直る
その案内役は、祖父が遺した日本式
雫を日本式双晶としたのは、日本が誇る鉱物の一つだからである。
日本式双晶は水晶の一種だが、読んで字のごとく二つの水晶が、八四度三三分の角度で接合したものを指す。これは、『Japanese law twin』として、国際的に周知されている。
日本式双晶は、明治時代に、山梨県の山々で水晶の採掘が盛んに行われた頃に名付けられた。「
メインの案内役を決める際、国石となった
翡翠といえば、私も実際に産出地である新潟の
糸魚川には二回行っており、初回は、翡翠かと思って拾ったものは全て
二回目は、もはや翡翠を採ることを諦め、面白いと思った石ばかりを集めることにした。
すると、海岸にあるのは珍しいとされている
また、同ミュージアムには「化石の谷」という化石採集体験コーナーがあるのでオススメである。たまに、断面がキラキラした割れ易い石が混ざっているが、それは
他にも、日本では入手し難い鉱物を求めて、ミュンヘンのミネラルショーに赴いたり、和訳されていない知識を欲してグーグル翻訳に齧かじり付きながらドイツの鉱物雑誌を読んだりと、鉱物にまつわる思い出は語り切れない。
まだまだ行きたい場所もあるし、今後も鉱物を追い続けるだろう。
これは一生の趣味になりそうな気がしてならない。
世間では、「自然対人間」という構図が散見される。
しかし、人間も自然の一部だ。人間だろうが猫だろうが、アメンボだろうが石だろうが、みんな、地球から生まれている。私たちを構成している原子は、巡り巡って石になるかもしれないし、足元の小石を構成している原子は、元は人間だったかもしれない。
そう考えると、自然がぐっと身近に思えてくるし、他人事のような物言いは出来なくなる。
少し視点を変えるだけで、身の回りの世界がガラッと姿を変えることもあるだろう。
そういった気持ちを胸に本シリーズを紡いだので、最後まで楽しんで頂けると幸いである。
蒼月海里
あおつき・かいり● 作家。
1983年宮城県生まれ。書店員を経て、2014年『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」等のシリーズで人気を博す。著書に『地底アパート入居者募集中!』『稲荷書店きつね堂』『モノノケ杜の百鬼夜行』等多数。