[本を読む]
泣き笑いと、本格ミステリーばりの構成力
昨年一二月、漫画界に衝撃が走った。ギャグ漫画家の登竜門である赤塚賞(第九一回)において、実に二九年ぶりとなる入選作が出たのだ。おぎぬまX「だるまさんがころんだ時空伝」。さらなる衝撃は、今年三月に訪れた。ジャンプ小説新人賞2019【小説フリー部門】銀賞作は̶̶ おぎぬまX『地下芸人』。待って待ってこの人、漫画が面白いうえに小説も書けるの!?
主人公は、売れないお笑いコンビ「お騒がせグラビティー」のネタ作り&ツッコミ担当、二八歳の小田貞夫。結成一〇年目の三月、相方の広瀬涼から「俺、今月いっぱいで、芸人辞める」と告げられて̶̶ 。
ギャグ漫画での破天荒さは鳴りを潜め、ストレートに人間ドラマを綴っている印象だ。著者は漫画家デビュー前、プロダクション人力舎所属のお笑い芸人として活動していた経歴の持ち主。お笑い芸人の生き様にまつわるディテールのきらめきは、この小説の大きな魅力だ。例えば、引退して実家に帰ることになったコント芸人のアパートで、小田が小道具の処分を手伝うシーン。先輩芸人は、見るからにバカバカしい仕事道具を、泣きながら壊していた。〈僕は心の底から漫才師でよかったと思った。もし、僕が芸人を辞める時があっても、僕が手放すのはスーツとネタ帳だけで済むのだから〉。作中には笑いもふんだんに盛り込まれているが、こうした「泣き笑い」の描写がグッとくる。
又吉直樹の『火花』や鈴木おさむの『芸人交換日記』など、お笑いコンビを題材にした物語は、解散=別れと諦めと向き合う宿命にある。最後の賞レースに賭ける、という展開はやり尽くされて粋じゃない。おぎぬまXは、最後に最高のネタを作る、という展開を準備した。そして実際にネタが現れるのだが……正真正銘面白く、しかも感動してしまう。そこまで読み進めてきた全てのエピソード、全ての文章が伏線となっているからだ。
思えば赤塚賞入選作もそうだったが、本格ミステリーばりの構成力が、この人の武器。孫の代まで応援します。
吉田大助
よしだ・だいすけ● ライター