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【新書大賞2021・受賞作】
斎藤幸平『人新世ひとしんせいの「資本論」』
対談「気候危機の時代。脱成長こそ、未来をつくる道」

[対談] 斎藤幸平『人新世ひとしんせいの「資本論」』集英社新書

斎藤幸平×白井 聡
未来をつくる選択肢は脱成長しかない

資本主義の活動によって、世界中で環境破壊が引き起こされている現代。利潤を際限なく追求するシステムを変えるためには、マルクスが晩年掲げていた「脱成長コミュニズム」が必要である――。経済思想家・斎藤幸平さんの新刊『人新世の「資本論」』刊行にあたり、政治学者の白井聡さんと対談いただきました。

構成=中村友哉/撮影=五十嵐和博

『人新世の「資本論」』の先駆性

白井 斎藤さんの『人新世の「資本論」』、非常に素晴らしい内容でした。世界的にみてもこれだけのレベルの議論はなかなかお目にかかれないのではないでしょうか。

斎藤 ありがとうございます。白井さんにそう評価していただいて、ほっとしました。この本のタイトルにある「人新世」とは、もともと地質学の概念です。人類の経済活動の痕跡が地球の表面を覆ってしまった時代という意味ですが、要は、資本主義の活動が世界中のあらゆるところで、修復不可能なほどの環境破壊を引き起こしている。それが現代だということです。その環境破壊の中でも、とりわけ、二酸化炭素の排出による気候変動は非常に深刻なものになっています。
 甚大な被害をもたらす豪雨やスーパー台風の襲来が毎年続き、ようやく日本人も気候変動の問題の深刻さに気づき始めています。ただ、巷では、気候変動対策が、レジ袋やマイボトルのような話に矮小化されてしまっている。しかし、そんなものでは解決しません。気候変動の原因は、利潤を際限なく追求する資本主義に他ならないからです。
 だから、この資本主義システムを変えなくては、人類に未来はない。だとすれば、その際、参照すべきなのがマルクスではないか。そのような前提から、この本はスタートしました。

白井 つまり、斎藤さんが目指しているのは、マルクスの理論を読み直すことで、現代の変革のための最有力の理論としてマルクスを再認識させることですよね。

斎藤 ええ。

白井 普通に考えると、マルクスの理論で現代の問題を解決するというのは、一筋縄ではいかない仕事なんですよ。というのも、一般にマルクスは生産力をあげていくことを重要視する、生産力至上主義者だと言われてきましたからね。環境問題に取り組まなくてはならない時代に、生産力至上主義がマルクスの思想なら、もうマルクスは役に立たない。世界中のマルクス研究者たちがこのことにずっと頭を悩ませてきたと思います。そこを斎藤さんのこの本は突破した。

斎藤 はい。そうした既存のマルクス像を徹底的に壊し、晩年のマルクスが、脱成長主義を掲げていたことを論証しました。つまり、生産力至上主義とはむしろ真逆の、エコロジストとして晩年のマルクスが取り組んでいたのは、「脱成長コミュニズム」の構築だったのです。

白井 斎藤さんは、マルクスの資本主義分析の核心部分から成長主義批判を導き出し、さらにそれを具体的に論じることに成功しています。具体的に議論を展開すると、どうしてもアドホックになりがちですが、斎藤さんの議論にはそうしたところがありません。理論と具体的な次元が、見事につながっている。

斎藤 これまでマルクス主義者は、どうしても生産力至上主義という発想にとらわれていたので、非常に優秀な研究者でも、なかなか脱成長という考え方を受け入れることができませんでした。
 正直なところ、私自身も、経済成長や技術発展の可能性に関して楽観視していたところがありました。実際、去年の夏に海外の出版社に提出した出版企画書にも、脱成長を批判しつつ、マルクスは持続可能な発展を擁護していたと書いていたくらいでしたから。
 しかし、気候変動が急速に深刻化していくなかで、認識を改めざるを得なくなった。特に、グレタ・トゥーンベリたち「未来のための金曜日」や、イギリスの「絶滅への反逆」という社会運動から衝撃的な影響を受けました。そういった運動に理論が応答するためにも、『未来への大分岐』(集英社新書)の内容を発展させていったわけですが、そうするなかで、「経済成長パラダイム」そのものを乗り越えることを真剣に検討することをいられたのです。
 そして、そうした目で、マルクスが残した膨大な手書きの研究ノートを検討するなかで、最晩年のマルクスが、脱成長を機軸にしたコミュニズムに転換していることに気がついてしまった。

脱成長こそマルクス理論の中核

白井 斎藤さんの論に対して、「脱成長を主張するために、わざわざマルクス理論を持ち出す必要があるのか」という批判が予想されますよね。確かにマルクスが脱成長について断片的に語っているだけなら、そのように批判されても仕方ありません。
 しかし、それは違う。マルクス理論の中核部分に脱成長があることを斎藤さんが論証した以上、そのような批判は当てはまらない。むしろマルクスを持ち出さなければ、実現可能な脱成長を主張することはできないということになります。

斎藤 そうなんです。資本主義のもとでは、脱成長は不可能なんですから。そこが旧世代の脱成長論と大きく異なる点です。『資本論』第一巻を刊行したあと、マルクスはまとまった著作は出していませんが、晩年の彼の遺したノートには、現代の問題を解決する大きな鉱脈が眠っています。人々が持続可能な社会で、豊かに暮らすために、資本主義社会を乗り越えないといけないということを、最もはっきりと示した思想家がマルクスなのです。繰り返せば、資本主義を前提とする限りでは、解決策はない。これは、グリーン・ニューディールで「緑の成長」をめざすケインズ主義とは完全に異なるマルクス独自の発想です。
 なぜ解決策はないのか? 資本主義には希少性を創造するメカニズムが組み込まれているからです。つまり、人々が無償でアクセスできた共有財を解体して、人工的に希少性を作り出すことで、資本は増えていくのです。そこでは、生活の「質」を犠牲にしても、とにかく資本の「量」を増やすことが重視される。資本の量が増えるのであれば、それによって環境が破壊されようが、多くの人が不幸になろうが、関係ない。
 具体例をあげると、入会地いりあいちの解体です。入会地はみんなで管理し、誰でもアクセスできる共有資源でした。それにより、人々は豊かな生活を送っていました。つまり、入会地は商品の価値とは無関係なものだったのです。
 しかし、みんなが生活に必要なものを入会地で調達すれば、市場で商品を売ることができません。それは資本主義にとっては非常に不都合なことです。そこで、資本主義社会では入会地に所有権を設定し、誰もが自由に利用できないようにしました。要するに、それまで潤沢に存在していたものを、無理やり、人工的に希少なものにしたということです。

白井 言うなれば、希少性の「捏造」ですね。

斎藤 希少性を作り出すことで、儲けのチャンスが生まれてくる。だから、希少性を生むために、資本主義は浪費や破壊を繰り返す。
 資本主義は本来、巨大な生産力を解き放ち、人々を豊かにするものだとされてきました。けれども、実際には格差は拡大し、環境は破壊されていくことになる。希少性に依拠した資本主義社会は、貧しい世界しか作れないのです。
 それに対して、脱成長とは、こうした社会からの脱却を意味します。脱成長とは、ソ連のように物不足で人々がいつも行列を作っているような社会ではなく、本来豊かであったはずの公共財に依拠した生活を取り戻すということです。

白井 ちょっと突っ込んだことを言うと、斎藤さんと私の『資本論』の読み方の共通点は、マルクスの「物質代謝」の概念への注目なんです。資本制社会とは自然の物質代謝の過程を資本の論理が乗っ取ってしまう社会。その論理は自然の論理とは当然異なるから、矛盾が生じる。それが環境問題です。つまり、マルクスの理論のド真ん中に環境問題をとらえられる視座がある。

一国を超えた地球規模の対策を

白井 さて、日本で脱成長と言うと、鼻につくロハスとか、我慢を強いる清貧の思想のように受け止められがちです。左派の間でも脱成長に対する不信感がありますよね。

斎藤 そうなんですよ。海外では脱成長が多くの支持を集めていて、「地球環境を守るためには経済成長しないのが一番」どころか、「人々が豊かな生活をするためにこそ、脱成長が必要だ」といった議論が行われています。特に若者たちは脱成長について真剣に考えています。しかし、日本で脱成長を訴えると、「お前は恵まれているから脱成長などと言えるのだろう」と言われてしまう。

白井 それで左派が脱成長の代わりに何を主張しているかと言うと、自分たちの生活が苦しいのは緊縮財政のせいだということで、もっと財政出動しろとなるわけです。要するにケインズ主義です。この延長線上で出て来る、国家の負債をもっと増やしてもかまわないというMMT(現代貨幣理論)は過激ケインズ主義です。
 しかし、反緊縮とは結局、どうやって成長を取り戻すかという話にしかなりません。成長主義のパラダイムから脱することができない。

斎藤 反緊縮という意味では、安倍政権がやってきたアベノミクスも反緊縮です。だから反緊縮を求めても、アベノミクス的なものに取り込まれてしまう。これまでの通りの資本主義の生活を維持するためだけに、すべてを変えようとする政策にすぎない。資本主義やその経済成長パラダイムにはまったくいどむことができていないのです。そして、そのような成長路線は、未来の世代や途上国の人々を犠牲にし、地球環境を破壊せずにはいない。
 大量生産・大量消費が本当に豊かなことなのか、一度立ち止まって考えるべきです。休む暇もないほど働いて、コンビニの弁当を食べ、度数の高い缶チューハイを飲んで酔っ払ったって、そんなものは豊かさでもなんでもありません。それよりも、労働時間を短縮し、もっとゆっくり食事をし、仲間たちと語り合える社会のほうが豊かですよね。そういう意味では、21世紀に、未来をつくる選択肢は脱成長しかないのです。
 しかも、これからは一国の貧富や格差の問題に取り組むだけでは、ダメなんです。地球規模で、資本主義を見直し、脱成長を目指していかなければ、気候変動は止まりません。

白井 それにどう取り組むかについても、きわめて具体的に斎藤さんは論じている。理論と具体策が結合したこの本は、私たちを危機から救う強力な武器になっていると思います。

斎藤幸平

さいとう・こうへい●哲学者。
1987年生まれ。専門は経済思想。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。Karl Marx’s Ecosocialism: Capital,Nature,and the Unfinished Critique of Political Economy(邦訳『大洪水の前に―― マルクスと惑星の物質代謝』)によって、ドイッチャー記念賞を日本人初、歴代最年少で受賞。世界5カ国語で刊行される。マルクス・ガブリエル、マイケル・ハート、ポール・メイソンとの対談をまとめた『未来への大分岐』は、5万部を超えるベストセラーに。

白井聡

しらい・さとし●政治学者。
1977年生まれ。専攻は政治学・社会思想。京都精華大学人文学部専任講師。2013年に刊行した『永続敗戦論│戦後日本の核心』で、第4回いける本大賞、第35回石橋湛山賞、第12回角川財団学芸賞を受賞。その他の著書に『「戦後」の墓碑銘』『国体論 菊と星条旗』『武器としての「資本論」』等。

『人新世の「資本論」』

斎藤幸平 著

発売中・集英社新書

本体 1,020円+税

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