中国の唐代に、葬儀の際に故人の名誉のために泣く「哭女」と呼ばれる職業があった。本作は中国史上唯一の女帝である武則天の統治下、都の神都を舞台に泪飛という国一番と評判の哭女を主人公にした物語だ。泪飛は何をもって国一番の哭女となったのか。その姿の可憐さもさることながら、亡き人の人となりや思い出を丁寧に聞き取り、哀切に満ちた歌で故人のことを歌いあげ、惜しみなく本物の涙を流し、周囲をも涙に誘うその物語性によるものが大きい。物語はさらに物語を呼び、さまざまな死にまつわる謎解きのミステリ要素を加えた展開になっていく。
唐代の白の喪服に身を包み哭女の役目を果たした泪飛は、喪服を脱いで燕飛という本来の少年の姿に戻り、十三歳にして幼い妹や弟を養い面倒を見ている。哭女の仕事は右聴という周旋屋の老女によって借金や家賃の形として管理されており(その実、守られている部分もあるのだが)、貧富の格差や社会的搾取の構造が浮かび上がってくる。作家の本領発揮とも言える美しいコスチュームプレイ的な表現(白い喪服、赤地に黄色の豪華な刺繡の施された異形の扮装、異性装など)や古の都市間での移動の描写などで中華ロマンの味わいを堪能させつつも、一方で現代的な問題の本質に鋭く迫っている。燕飛は小役人の父が事故死し、後を追うようにして母が病で逝かなければ、泪飛になることはなく、夢に向かって学びの道を歩んでいたかもしれない。現代の貧困問題や、目の前にいる人があっという間に音もなく亡くなってしまうポスト・コロナ時代を象徴するかのようで、私たちの物語として意味を帯びてくる。さらに死の謎解きと共に立ち上がってくる民族間の軋轢による激しい差別的感情とそれを嘆く感情の対立や、役人・国家の形骸化もまた、私たちが今向き合っている物語だ。燕飛は年上の貴族青年・青蘭との友情や家族の愛、周囲の理解を得て、過酷な時代に抗って新たな一歩を踏み出す。先の見えない現代にいる私たちが見出す希望がそこにある。