[本を読む]
「壁」が生み出す謎とサスペンス
デビュー10周年を記念し、12ヶ月連続刊行という前代未聞の試みに挑んでいる中山七里。その9作目にあたる本書は、残暑厳しい季節にぴったりのサスペンスフルな長編ミステリである。もしも隣人が連続殺人鬼だったら? というシンプルかつ恐ろしいアイデアを軸に、冒頭から読者を物語の渦に引きずりこむ。
工場に勤める主人公・
壁一枚隔てた隣室で事件が起きる、というシチュエーションがミステリやホラーで好まれるのは、近そうで遠い絶妙な距離感が、リアルな恐怖を生むからだろう。本書は神足に通報したくてもできないある事情を与えることで、サスペンス性をさらに強めている。一度読み始めたら徐の謎めいた行動が気になって、ページを繰る手が止まらないはずだ。
「誰だって隠しておきたい秘密の一つや二つはあるさ」。職場の先輩・矢口が神足に向かって発する台詞が、物語を貫くひとつのテーマだろう。秘密を抱えたさまざまな登場人物の運命が交錯し、予想外のクライマックスへと突き進んでゆく展開はまさに“どんでん返しの帝王”の真骨頂。と同時に、人と人を隔てる見えない壁の存在にも、あらためて光を投げかけている。この数奇な結末を、あなたはどう受け止めるだろうか。
文句なしに面白いストーリーに、社会派のスパイスを数滴。デビューから10年を経てますます冴え渡る、中山シェフの包丁さばきを堪能できる逸品である。
朝宮運河
あさみや・うんが● 書評家