[今月のエッセイ]
「わるもん」が好き
こどもの頃から「悪役」が好きだった。「ウルトラマン」でも、主役であるウルトラマンにはなんの興味もなく、ひたすら怪獣にあこがれた。「マグマ大使」のゴア、「仮面の忍者赤影」の甲賀幻妖斎や魔風雷丸、「人造人間キカイダー」のプロフェッサー・ギルやハカイダーなどなど……とにかく「悪者」がかっこよかったのだ。だから、帝都をぶち壊していたゴジラがいつのまにか「正義の味方」になってしまったときには「最低か!」と
というわけで、ピカレスクとかノワールとかいうのに心惹かれていたわけですね。「ルパン三世」が好きだったのも、ルパン一味が「泥棒」だったからなのだが、残念ながらこれもいつのまにやら正義の味方になってしまった。東京を焼き払っていたゴジラが、法を犯してお宝を盗んでいたルパン三世が、権力側に取り込まれてしまうのだ。怖い怖い。もともと正義の味方な連中は仕方がないが、悪役が人気が出るにつれてつぎつぎと「ええもん」に転向していくことがほんとに嫌だった。
マカロニ・ウエスタンが好きなのもたぶん「わるもん」好きのせいだと思う。マカロニ・ウエスタンの主人公は、正義と平和のため、ではなく、金のため、復讐のため、自分のため……に戦う。酒飲みで博打好きでがめつく小汚いニヒルな野郎がじつはめちゃくちゃ早撃ちで、権力に蟻のように群がっている連中をぶっ殺す……。この「反権力」というのはかなり大事なことに私には思える。
しかし、マカロニ・ウエスタン的なものは日本にも昔っから存在した。それは歌舞伎であり、講談であり、浪曲である。とくに歌舞伎は金のためにひと殺しをするやつや、白浪ものといって泥棒が
おまえはさっきからなにを書いているのだ、という方もおられると思うが、もう少し付き合ってほしい。そんな具合に「わるもん」に惹かれていた私だったが、小学校五年生のときにNHKで「新八犬伝」という人形劇がはじまった。最初は、「新発見伝? エジソンとかニュートンが出てくるような教育番組か?」と思っていたらさにあらず。滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』を下敷きにした波乱万丈の物語だったのである。辻村ジュサブローさんのすばらしい人形と坂本九さんの語り、多彩な声優陣、絶妙な操演陣、そしてなにより石山透さんの「馬琴の原作を下敷きにしているはずなのになにが起きるかわからない」脚本によって最高の番組となったこの「新八犬伝」は、当初一年の予定が二年も続く人気番組となった。月から金まで週五回放映しての二年だからすごいですよね(全四六四話だそうである)。そしてこの番組に田中少年はすっかりはまってしまったのだ。理由は登場する悪役たちがじつに魅力的だったからである。
とにかく勧善懲悪の物語のはずなのに悪役がめちゃくちゃ面白く、かっこよく描かれていた。「われこそは
というわけで、いつかこの左母二郎みたいな小悪党キャラが活躍する時代劇を書いてみたい、と思っていたのだが、あるとき気づいたのだ、「左母二郎みたいな、じゃなくて、左母二郎を主人公にしたらいいのだ!」と。こうして生まれたのがこの『さもしい浪人が行く 元禄八犬伝』である。毒婦船虫もレギュラー出演している。このふたりに
田中啓文
たなか・ひろふみ●作家。
1962年大阪府生まれ。93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する緑」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。著書に『銀河帝国の弘法も筆の誤り』(星雲賞日本短編部門)『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等多数。