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テスラCEOイーロン・マスクの母、
メイ・マスク著『72歳、今日が人生最高の日』
書評:齋藤薫(美容ジャーナリスト)

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72歳のトップモデルの波瀾万丈人生

 奇しくも今、日本でも「グレイヘアの女性たち」による年齢革命が起きている。これまで老いのあかしだった白髪が、洗練の鍵として賛美される大逆転。同じことが起こっているアメリカでの象徴が、本作の著者なのだ。モデル歴50年、しかしキャリアの多くは通販カタログや母親役という名もなき庶民派モデルだった。それが歳を重ねて白髪を染めずベリーショートにした途端、トップモデルとしてのオファーが殺到する。有名コスメブランドのミューズとなる快挙を成し遂げた70代のモデルは「まだ始まったばかり」とのキャッチフレーズとともに、一躍時の人に。まさに年齢革命の顔となるのだ。
 しかしこれほどのドラマも、この作品の中ではごく一部。70代での大ブレイクも、著者には小さな章の一つに他ならない。これを超えるドラマがその人生にはいくつも凝縮されているのだ。メイ・マスクには成功した栄養士としての顔もあるが、離婚後に子供たちを育てるため苦学を重ね、仕事を得るのも困難を極めた“本業”でも、50代半ばで“最も優れた栄養ビジネス起業家賞”受賞。ともかく諦めない人なのだ。それでも読者を疲れさせないのはなぜなのだろう。
 一方で、離婚した夫の激しいDVも壮絶なドラマとして赤裸々に吐露されたが、信じ難い苦しみも淡々と語られたことに逆に衝撃を受けたほど。何より、それを乗り越えさせた3人の子供たちの“今”は、もう一つの驚き。長男が、何とテスラCEOであるイーロン・マスクであるのは、何か母親を主役にしたおとぎ話のよう。次男も末娘もそれぞれに世界で成功を収めていて、そこに絶対の法則を見つけたくなるが、一体どうやって育てたのか、読者の疑問にもまた淡々と答えが綴られている。そういう意味では数え切れない金言がちりばめられた人生論となっている上に、栄養学の教科書の側面もある。良い意味で、数冊分の内容が混在する濃厚な一冊。文字通りの波瀾万丈、にもかかわらず何か爽やかな風が吹き抜けるような70年の軌跡は、力みのないポジティブさのせいなのだろう、苦悩は数限りないのに恨みがましさは一切ない。それは知性と人格も含めての美しさが問われる70代で、圧倒的な美貌につながっていくのである。

齋藤 薫

さいとう・かおる●美容ジャーナリスト

『72歳、今日が人生最高の日』

メイ・マスク 著

寺尾まち子・三瓶稀世 訳

発売中・単行本

本体1,600円+税

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