[特集インタビュー]
古いものを「転用」する世界が現れる
スキマワラシ――
主人公は、古道具屋を営む兄と、兄の仕事を手伝うかたわら、古道具屋の店内でバーを開いている弟。祖父の代からの「
タイルが持つ記憶を追いかけるうち、二人は家族に秘められた謎に向き合うことになる。そして、彼らの視界を横切るスキマワラシとは一体何者なのか。
『蜜蜂と遠雷』で二〇一六年下半期の直木賞を受賞し、その後も快進撃を続ける恩田さんの最新作は、ちょっと不思議で、少し恐ろしく、どこか懐かしく、同時に「今」を描いた物語。緊急事態宣言明けのタイミングで対面取材をご了承いただき、ソーシャルディスタンスを取ったうえでお話をうかがいました。
聞き手・構成=タカザワケンジ/撮影=山口真由子
古いものと新しいものが結びつく面白さ
─ 古物にまつわる怪談、都市伝説、日本の近代から現代へ、現代アートと町おこし、そして家族の歴史……などなど、盛りだくさんな内容で、物語の面白さを堪能しました。一章ごとにいろんな要素が入っている贅沢な作品です。
言われてみればそうですね。脈絡のないネタがいろいろ入っていて(笑)。
─ 読み終えてみれば脈絡がちゃんとあるのがすごいところで(笑)。どういうところから思いつかれたんですか。
どこからだったっけ……けっこう前の話なので。そうだ、私は昔から美術展を見るのが好きなんですけど、とくに地方のアート・フェスティバルに関心があったんですよ。去年話題になった、あいちトリエンナーレもずっと前から見ていて、面白いと思っていたんですよね。町なかに現代美術の作品が展示されているという光景がなんとも不思議で。この本のなかでも書きましたけど、異化作用があるんです。これで何か一つ書いてみたいと思っていたのが大きかったんじゃないかな。
─ 読んでいてあいちトリエンナーレの展示会場になっている、名古屋の長者町を思い浮かべました。かつて栄えた繊維の町が
そうです、そうです。名古屋だけじゃなく、どこの地方都市も中心街が寂れちゃって、郊外へ郊外へと人が流れていっている。その中心街にアート作品がある。ヘンですよね。
─ そんな状況の地方都市に、纐纈工務店の兄弟が現れます。二人がとても魅力的でした。
ありがとうございます。お兄さんの太郎はちょっと前に、別の小説に登場していたキャラだったんです。雑誌に載せただけでまだ本にはなっていない、『闇の絵本』という連作なんですけど。この人、もうちょっと使えそうだなみたいなのがあって、今回登場させました。
─ お兄さんは古道具が好きで、とくに
古いものがテーマなので、古いものが好きな人を出そうと思って。私自身も古いものが好きで、昔の判子や古い印章なんかを集めてるんですよ。引手も好きで、『スキマワラシ』にも書きましたけど、桂離宮の引手なんかいろんな種類があってすごいですよ。
思い出しましたけど、最近、コンパクトシティって言葉をよく聞きますよね。少子高齢化社会になってきたから、町の規模を縮小しましょう、という。そういう考え方にもすごく興味があって、古いものとコンパクトシティを結びつけてみようというのも、この物語の発想の一つでしたね。
─ なるほど。だから、纐纈兄弟は古いものを探しながら、日本のあちこちに出張しているんですね。
そうですね。もともと私自身が古い町が好きで旅に行ったりしていたので、その経験が反映されていると思います。それに今、都市のフェーズが大きく変わりつつあるという実感があったので、その辺も盛り込みたいなとは思っていました。
たとえば富山市はコンパクトシティをすでに推進しているんですが、新しいことをやるだけじゃなく、もともとあった路面電車の路線を増やして住民の足を確保するようなこともしているんですよね。古いものを生かすことで最先端になる。この考え方は面白いなと思いました。
富山には子供の頃に住んでいたことがあったので、繁華街の空洞化が激しいことが肌身で感じられたんですけど、もともとあった大きなデパートを大胆にデザインし直して富山市ガラス美術館として利用したり、リユースしていていいなと思いました。この先どうせ人口が減って町を畳まなきゃいけないんだったら、工夫しながら効率的に進めるべきだと思うんですよね。
初めての男性一人称長篇
─ 物語の語り手は纐纈工務店の兄弟の弟、
ありがとうございます。実は私、男性一人称で長篇を書くのって初めてなんですよ。
─ そうですか! 意外です。
これまでずっと避けてきたんです。というのは、いっとき小説の九〇%が「僕は」の一人称だった時代があったので、これだけは絶対使うまいと。でも、そろそろいいかなと思って、今回初めて「僕は」という一人称を使ってみました。
─ 各章、落語の枕みたいに関係なさそうな話から入るんですけど、見事に本題につながっていく。ああいうリズムで書かれていることで、物語に入りやすいと感じる読者が多いと思います。
荒唐無稽な話なので、語り口で成り立つように書けたらとは思っていました。
─ 第一章からさっそく、散多の自分の名前にまつわる話から始まって物語に引き込まれていきました。恩田さんの小説の登場人物の名前はいつもいわくありげです。どうやって付けているんですか。
どういう名前を付けようか、ふだんからよく考えているんですよ。どんな名前だったら愛着が湧くかなとか、書いてて慣れ親しめるかなとか。『スキマワラシ』は、まず纐纈太郎という人がいたので、この人の兄弟だったら、というところから考えました。太郎の次は次郎。でも、ジローは犬で使っちゃった。次は三郎だけど、今どき付けないよね。じゃ、サンタかなと思って。でも、今、サンタと言ったらサンタクロースだよね……と連想ゲームみたいに考えていきました。
─ 小説のなかでジローが出てくるのはなかほどですが、すでに始まりの段階で恩田さんの頭のなかには存在したんですね。
ジローはいましたね。ジローと
─ 太郎の次が散多。その間に誰かいたんじゃないか、と読者に謎を与える。そこにまた、スキマワラシという、「間」を連想させる謎の言葉が出てきて、先が読みたくなる。スキマワラシという言葉は、あるとき降ってきたんですか。
ええ。「スキマワラシ」ってなんか面白そうなタイトルじゃない? と思って。いかにもいそうじゃないですか。
─ 妖怪スキマワラシ。語呂がいいですね。この作品は新聞連載でしたから、タイトルは最初から決まっていたわけですよね。
私、タイトルが決まらないと書けないタイプなんですよ。タイトルが決まって、あ、これなら書けそうだなと思って書き始めるというのがいつものパターンなんです。今回もそうでしたね。
─ そのとき、スキマワラシがどんな存在か、細部までイメージされていたんですか。
まさか(笑)。
─ なんと!(笑)
決まっているわけないじゃない(笑)。
─ すごい(笑)。読んでいる間中、スキマワラシとは何かという問いがずっと読者の頭のなかに居座り続けるんですけど、スキマワラシのスキマにいろんな物語が詰め込まれています。噂話や都市伝説のような怪談が。
都市伝説って割と時代の変わり目に出てくるじゃないですか。そういうものにも興味があって。ちょうど今もアマビエが話題になっていますよね。
─ 疫病退散にご利益があるという妖怪ですね。新型コロナウイルスの感染拡大でちょっとしたブームになっています。
コロナの流行であんな地味な妖怪がいきなり浮上してくる。びっくりですよね。
趣味の集大成を「転用」
─ 兄は有能な古物商。片や弟はちょっと鈍くさいけど、モノに触れるとその思念を読みとることができるという特殊能力がある。この二人が古いタイルと出会ったことから物語が大きく動き出します。その古いタイルが使われていたのが、戦前に建てられた
兵庫県の甲子園ホテルという一九三〇年に建てられたホテルが念頭にありました。建物は今もちゃんと残っていて、
『スキマワラシ』に書いたのとほぼ同じで、国が外交のために建てたホテルなんですが、太平洋戦争末期には病院として使われて、その後は占領軍に接収されたりと、ホテルとしては短い間しか使われていなかったんです。でも、当時のフィルムが残っていて華やかなんですよ。ちょうどモボ・モガの時代。高級ホテルと言えば、東の帝国、西の甲子園と言われていたぐらい、すごくいい建物なんです。
─ そういう近代建築の名作を見て回ったりされるんですか。
見ますね。建築も好きなので。そうそう、『スキマワラシ』に打ち出の
モデルと言えば、古い消防署が出てきますけど、あれは
─ やっぱりあそこなんですか。読んでいて思い浮かんだのがあの建物でした。
あれもすばらしい建物ですよね。しかもまだ現役の消防署。『スキマワラシ』で、ここでダンスパーティーをしていたと書きましたけど、フランスでは本当に消防署をダンスパーティーに使うそうなんです。革命記念日の前夜に。
─ なるほど。恩田さんが関心を持たれている複数の要素が取り込まれて「転用」されてこの小説になったとも言えますね。
そうですね。再利用。うまくリノベができたかな、と(笑)。
─ 盛りだくさんだなと思ったのは、恩田さんの今までのいろんな作品の要素がちりばめられているからでもあります。ホラー、SF、サスペンス、歴史、家族……。いろんな入り口があるというか。
そうですね。いろんなものを使っていますね(笑)。趣味的には集大成っぽいところはあるかもしれない。
─ 集大成的なんだけど、でも、それでまとめようとは一切思っていないという。
ないない。ちっともないですよ(笑)。
─ だと思いました(笑)。読者として想像するに、恩田さんが日々暮らしているなかで、興味を持ったもののエッセンスが何らかの形で発酵して小説の一部になっていく。そのプロセスに今回は「転用」という物語のテーマでもある方法が使われて、多層的な作品になっているのではないでしょうか。
新聞小説は締切が厳しくて、待ったなしで書かなきゃいけないので、立っているものは親でも使うみたいな感じで、自分の趣味を使った感じですね。
─ 結果として、今の日本に生きている私たちが感じていることが、作品世界に反映されているとも思いました。
そうなんですよね。単純な話で、家族が減ったら家をダウンサイズするのは当たり前じゃないですか。狭いマンションに引っ越すとか、家計をコンパクトにするとか。でも、どこの国もそんなことは考えないんですよね。なぜその当たり前のことができないかねと常々思っているので、古いものを「転用」する物語になったのかなと思います。たぶん日本だけじゃなくて、この先世界中がそうなると思うんですよね。
─ 「転用」を必要とする大きな変革期。そこにスキマワラシが現れる。
そうですよ。走ってきます(笑)。連載中に平成から令和になって、刊行時にはコロナ。変わり目に書かれて、次の新たな変わり目に出るという巡り合わせを感じますね。
─ 最後の質問ですが、纐纈兄弟が出てくる物語はこれからもあるのでしょうか。『スキマワラシ』の最後のページを閉じたときにきっと誰もが思い浮かべる疑問だと思います。
どうなんですかね。『スキマワラシ』の話は完結しちゃっているから。
─ でも、いわくのある古道具は全国にあるし、彼らもあちこちに出張するから、また何かに巻き込まれそうな気もします。
そうですね。考えておきます(笑)。
恩田陸
おんだ・りく●作家。
1964年宮城県生まれ。92年に『六番目の小夜子』でデビュー。著書に『夜のピクニック』(吉川英治文学新人賞、本屋大賞)『ユージニア』(日本推理作家協会賞)『中庭の出来事』(山本周五郎賞)『蜜蜂と遠雷』(直木賞、本屋大賞)「常野物語」シリーズ、『ネバーランド』『ねじの回転』『終りなき夜に生れつく』『錆びた太陽』『祝祭と予感』『歩道橋シネマ』『ドミノin上海』等多数。