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「スクープ」シリーズ最新作「オフマイク」発売!
今野敏インタビュー

[巻頭インタビュー]

“忖度”の時代に斬りこんだ、
痛快エンターテインメント

報道番組「ニュースイレブン」の舞台裏を描く、傑作ミステリー「スクープ」シリーズ。待望の新作『オフマイク』では、突如広まった番組打ち切りの噂に、関係者の間に動揺が広がります。さらにキャスターの香山恵理子の失踪という、前代未聞のトラブルまで発生。これらは記者の布施京一と捜査一課の刑事・黒田裕介が追っている、二十年前のある事件と関係があるのか——。記者×刑事の異色バディが活躍する人気シリーズの最新作について、今野敏さんにうかがいました。

聞き手・構成=朝宮運河/撮影=chihiro.

過激な言動で物議をかもす
IT長者・藤巻の登場

─ シリーズ前作『アンカー』刊行時のインタビュー(本誌二〇一七年六月号)で、次回は「恵理子がキーパーソンになる」とおっしゃっていましたが、本作はまさにその通りの展開になりましたね。

 ずっと意識していたわけではないんですけどね、新連載をスタートするにあたって、恵理子が謎の失踪を遂げてしまう展開もいいかな、というインタビューでの自分の発言をふと思い出したんです。こういうことは結構多いんですよ。『アンカー』で栃本という新キャラクターが加わったのも、池上彰さんとの対談(本誌二〇一三年六月号)で、関西人が番組を引っかき回すのも面白いんじゃないか、というやり取りが出たのがきっかけ。プロットの糸口を探している時は、ああいう何気ない一言が大きなヒントになるんです。

─ そのうえ「ニュースイレブン」打ち切りというまことしやかな噂が広がり、番組関係者に動揺が広がります。シリーズ始まって以来の危機が、デスクの鳩村たちに降りかかります。

 シリーズものって続けば続くほど、インフレーションを起こすものなんですよ。前作以上の面白さや刺激を求めることで、どんどんハードルが上がっていく。それにしても今回は、番組打ち切りの危機にキャスターの失踪ですからね。次はどうすればいいのか、今から頭を抱えています(笑)。そのうちどこかで一度、ベーシックな話に立ち返る必要があるかなとも思っています。『水戸黄門』のようなワンパターンの強さというものも、確かにありますからね。とはいえドラマの『水戸黄門』だって、あのパターンを確立するまでに変化し続けていたんですよ。由美かおるも風車かざぐるま弥七やしちも、途中から加わったキャラクター。やっぱりインフレしているんです。

─ 主人公・布施に噂を伝えたのが、実業家の藤巻清治きよはる。ネット上での過激な発言が物議をかもすIT長者です。いかにも現代の世相を反映したようなキャラクターですが、誰かモデルはいるのでしょうか。

 いや、特にこの人がモデルというのはないですね。マスコミで報じられる複数人を組み合わせて、IT長者といえばこんなイメージだよね、という人物を作りあげています。藤巻はネット上で民族主義的な発言をくり返し、一部の層に支持されていますが、これは我々の世代が考えるオピニオンリーダーとはまるで違う。ネットの世界での言葉は、どんなに影響力があるように見えても、風聞に過ぎないんじゃないかという気がしますね。その噂が世界的にものすごいスピードで駈けめぐっているのが現代ですよね。実を言うと、藤巻のキャラクターは連載中にかなり揺れているんですよ。当初はとにかく身勝手で鼻持ちならない男だと思って書いていたんですが、段々愛着が湧いてきてしまって……(笑)。結果としてエゴが強いけどなぜか憎めない、藤巻のキャラクターをうまく書くことができたんじゃないかと思っています。

─ 政界のフィクサーを目指すと豪語し、首相官邸にもパイプを持つとされる藤巻は、ある意味、権力欲の権化のような人物。しかし、記者の布施とはなぜか意気投合しています。

 布施が誰とでもすぐに打ち解けられるのは、下心が一切ないからです。相手がどんな地位にいる人間でも、恐れたりおもねったりしない。誰に対しても自然体なんです。それで相手もつい、布施にだけは気を許してしまう。そして下心がない布施には、人間の本質がはっきり見えています。ふらふら遊んでいる布施がスクープをものにできるのは、思い込みにとらわれずに、人の本質をしっかり見極めているからなんでしょう。

日本の組織は昔から
「忖度」だらけだった

─ 一方、警視庁捜査一課の黒田と谷口は、二十年前に起こった男子大学生の自殺を調べ直すことになります。これまで多くの未解決事件を解決してきた黒田たちでも、二十年という時間の壁には苦心させられます。

 二十年前ともなると、自分の家庭内で起こったことでも思い出すのが難しいですよね。警察だって捜査資料も一定期間が過ぎると処分されますし、当時の目撃者を見つけ出すだけでも一苦労。ひとつひとつ石を積み上げるような捜査が必要になります。継続捜査というのはつくづく大変な仕事だなと、書いていてあらためて思いました。
 作中では二課の同期に依頼され、黒田たちがひそかに捜査を進めているということになっていますが、現実にはまずないケースでしょうね。警察というのは上意下達じよういかたつが基本原則で、その日の行動を毎朝上司に報告しないといけないような組織ですから。上司に内緒で現場がこっそり動くなんてことは、本来ありえないんです。そこは特命捜査対策室という、ちょっと毛色の変わった捜査班の話ということで大目に見てください(笑)。

─ 六本木のマンションで自殺した男子大学生は、大規模なイベントサークルの幹部でした。やがてこのサークルが金銭トラブルを起こしていたこと、メンバーの女子学生も自殺していた過去が明らかになります。

 イベントサークルのことを書いたのは、どこかで読んだ記事がきっかけだったと思います。イベントサークルはバブルの頃に一回目、二〇〇〇年代初めのITバブルの頃に二回目のブームがあって、それぞれいろんな問題が取り沙汰されましたよね。そうした事実と、二十年ほど前の六本木の雰囲気を頭に思い浮かべながら、全体のプロットを作っていきました。
 ITバブルの頃は、私もよく六本木で飲んでいたんですよ。こちらは本もあまり売れず、生活するのに精一杯でしたから、六本木ヒルズを中心としたITバブルの盛りあがりは完全に他人事でしたけどね。

─ 調べを進める黒田たちは、サークル名を外部に漏らすな、と上層部から警告されます。有力者であるサークルの元メンバーに気を遣った、いわゆる「忖度」です。このあたりの展開も、現代的だなと感じましたが。

 忖度という言葉は最近メジャーになったので作中でも使いましたが、昔からある言い方をすると「自主規制」ですよね。力のある相手とのトラブルを避けるため、あるいは気に入られるために、前もって行動を規制してしまう。これはどこの組織においても、昔から行われていたことです。企業でも団体でも、日本の組織は忖度だらけと言っていいくらい。私が昔勤めていたレコード会社だって、自由な業界に見えるかもしれませんが、日々忖度の連続でしたからね。それが顕著なのがお役所の世界で、彼らは目立ったことをして処分されるのを一番嫌うんです。警察もまたお役所ですから、当然あちこちで忖度が働いている。

─ 大学生は本当に自殺したのか。それとも他殺だったのか。サークルの関係者をあたる黒田たちですが、行く先々にいつも布施の影があります。当人は偶然だと言っていますが、実際はどうなのでしょう。

 ふらふら遊び歩いているように見える布施が、いつの間にか事件の真相に迫り、大スクープをものにするというのがこのシリーズの基本パターンです。つまり布施はスーパーマンなんですね。布施が深い考えをもって動いているのか、それとも単に行き当たりばったりなのかは作者にも分かりませんし、そこは明確にしない方が、ミステリアスな魅力があっていいと思います。

─ 特ダネに繫がりそうな情報でも、開けっぴろげに話してしまうのが布施の魅力です。谷口は「これまで数々のスクープをものにしてきたという自信があるのだろう」と分析していますが……。

 それはないと思いますよ(笑)。一見、開けっぴろげに見えて、実はかなりコントロールして喋っているところもある。黒田たちに話していいこと、まだ明かす それはないと思いますよ(笑)。一見、開けっぴろげに見えて、実はかなりコントロールして喋っているところもある。黒田たちに話していいこと、まだ明かすべきではないことを、巧妙に分けているんですね。今回も注意して読んでもらえれば、「ここで布施は隠しごとをしている」という箇所がいくつも見つかるはずですよ。そのあたりも含めて、本当に正体がつかめない奴ですよね。

布施の人間っぽさを
伝えるシーン

─ 二十年前の事件が現在にも影響を与え、さらには「ニュースイレブン」の危機にも関係してくる、というプロットには興奮しました。“報道もの”と“警察小説”、ふたつのジャンルを楽しめるのが「スクープ」シリーズの醍醐味ですね。

 主人公が布施なので、当初はマスコミの話のつもりでした。ただ「ニュースイレブン」が報道番組なので、どうしても犯罪や捜査を扱った部分も大きくなる。だから半分くらいは警察小説ですよね。私の作品ではあまりないことなんですが、このシリーズでは視点人物が二人いるんです。デスクの鳩村の側から「ニュースイレブン」の舞台裏を書いて、刑事の谷口の側から継続捜査を書く。そのちょうど中心あたりに布施がいる。そういう意味でも、ふたつのジャンルにまたがっている作品と言っていいと思います。

─ 物語後半、事態が動くのにあわせて、キャスターの恵理子が姿を消してしまいます。いつもは飄々ひようひようとしている布施も、この出来事には動揺を隠せません。

 ある時点までは、布施の想定内のことだけが起こっていたんですね。ところが歯車のひとつがずれ、恵理子の失踪という想定外の事件が引き起こされてしまう。布施がうろたえる姿を書くことで、彼の人間っぽい部分を伝えられたんじゃないかと思います。こういう反応にしても、布施は常に自然体なんですよね。ただしすぐに冷静さを取り戻して、対処法を見つけようとします。

─ キャスター不在のまま、刻一刻と迫るオンエアの時間。番組の危機に、デスクの鳩村や前作からチームに加わった栃本らが力を合わせます。

 鳩村はいつもトラブルに巻き込まれて、右往左往してばかりですからね。たまには格好いい姿を読者に見せてあげないと(笑)。栃本に関しては、前作であまり活躍シーンを作ってやれなかったという心残りがあって、今回あらためて見せ場を用意しました。番組の根幹を揺るがすようなアクシデントに柔軟に対応できるのは、外部から加わった新しい人材だろうな、という気がしましたしね。作中で鳩村も言っていますが、栃本の関西弁ってやっぱり魅力的なんですよ。辛辣しんらつなコメントをしても、関西弁だとどこか柔らかいニュアンスで伝わる。書いていて楽しいキャラクターです。栃本はテコ入れのために出向してきたという設定でしたが、この先もレギュラーとして登場し続けると思います。

小説に必要なのは、
時事性よりも普遍性

─ 今回の『オフマイク』というタイトルには、どんな意味が込められているのでしょうか。

 いわゆる「オフレコ」などと一緒で、マイクの切られたところで発せられる言葉、社会の表面には出てこないところで、ああしろ、こうしろと強制してくる言葉のことです。あるいははっきり言葉にされなくても、受け手が言外の意味を読み取って、行動を規制してしまうこともある。そうした水面下で交わされるコミュニケーションを意味しています。「オフマイク」という言葉自体にそうした意味はないんですが、ニュアンスとしてはそういうことですね。

─ 確かにこの小説は、はっきりと見えない力への怖さを描いています。イベントサークルのいびつな人間関係は、さまざまな忖度を生み、事件を引き起こしました。

 権威や権力の怖いところって、実はそこですよね。力をちらつかせて、自ら進んで従うような行動を取らせてしまう。人間は無理やり抑えつけてくる力には抵抗できますが、自分の心で生み出した恐怖心にはなかなか打ち勝つことができません。昨今の新型コロナウイルスの感染拡大に伴う一連の騒動にしても似たところがありますよね。ウイルス自体もちろん恐ろしいものだけど、それによって引き起こされた幻想によって、パニックを起こしている人も多い気がします。さっき話した忖度の問題も含めて、今回はそうした怖さがひとつのテーマになっていますね。

─ とても現代的なテーマですよね。このシリーズでは時事性を意識されているんでしょうか。

 それはありません。今こういうニュースがあるからと飛びついても、連載をスタートしてから単行本になるまで最短でも一年半かかります。文庫が出るのはその三年後。読者が手にする頃には、とっくに古びたニュースになっている可能性が高い。小説が目指すのは、時事性より普遍性だと思います。もし『オフマイク』に現代性を感じられるとしたら、それは普遍的なテーマを扱っているからです。この作品を十年後に書いても、おそらく「現代的ですね」と言われたのではないか。連載中にはいろんな事件が起きるので、知らず知らずのうちに影響を受けてしまうことはありますが、いつの時代にも当てはまる問題を書いているつもりです。

─ 派手な言動で注目される藤巻とは対照的に、黒田と谷口は目立たないところで地道に職責を果たす。その姿にも感銘を受けました。

 継続捜査の進め方をかなり詳しく書きましたし、これまでに比べても谷口の心情に寄った作品になっているかもしれません。継続捜査の最大の目的は何かというと、事件を閉じることです。新たに犯人を捕まえたり、取調べをしたりするわけではない。決して社会的に脚光を浴びる仕事ではありませんが、彼らは彼らなりに警察官としての任務を果たしているんですよね。黒田の仕事ぶりを間近に眺めている谷口も、刑事としての頼りがいが出てきたなと思います。

─ 藤巻の登場によって、存在を大きく揺るがされることになった「ニュースイレブン」。果たしてこの先はどうなるのか。次回作について決まっていることはありますか?

 まったくありません(笑)。前回のインタビューのように何か思いついたらよかったんですけどね。でもまあ、連載が始まるまでには思いついているでしょう。このシリーズならではの面白さを追求していくつもりなのでご期待ください。

今野 敏

こんの・びん●作家。
1955年北海道生まれ。78年、上智大学在学中に「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞。2006年『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞、08年『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞と日本推理作家協会賞、17年「隠蔽捜査」シリーズで吉川英治文庫賞を受賞。13年より日本推理作家協会理事長。空手有段者で、道場「空手道今野塾」を主宰。

『オフマイク』

今野 敏 著

7月3日発売・単行本

本体1,800円+税

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シリーズ第4弾!

『アンカー』

今野 敏 著

本体740円+税

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『クローズアップ』

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