[今月のエッセイ]
もっと濃く! より妖しく!
この
担当編集者に感謝したい。一作目の第一稿を読んで彼女が言った。
「真堂さん、もっと文体で遊んじゃってください。思い切って濃く! 妖しく!」
“ほっこり癒やし系”が貴ばれるご時世に、こともあろうに
物語の主人公である猫妖怪の名前は、
普段は美青年の姿をしている。恋しく懐かしいかつての飼い主チカに瓜二つの心理学者・
妖怪がほかにもワラワラ登場する。苦み走った犬神に、商売上手の
今回の物語の舞台は女学校。清らな乙女の園である。
「くれなゐの君」と呼ばれる凜々しい少女の切羽詰まった恋心が、思わぬ怪事件を引き起こす。少女と少女の恋である。
わたしの母は少女時代の
秘められると想像してしまう。
柔らかなリボンに、口をすぼめた薄緑色の
濃く!
妖しく!
この度も目いっぱい、自分にとっての愛しいものを物語に詰め込んだ。思えば小説を書きはじめたきっかけは、この世界に自分に似たものは誰一人いないと、うっすら孤独を感じたからだった。
自分を慰め、楽しませる物語を、自分のために書きだした。
ひょんなことから賞に応募して、思いがけず拾っていただいた。ヒイヒイ言いながら初めて書き上げた長編に、真夜中の電話で、当時の担当編集者から「面白かったです」と声をかけられたときの驚きを忘れない。こうして思い出すと何となく心臓がドキドキ音を立てるくらい、その記憶はいまもってなお鮮明で温かだ。
以来、二十五年。こうして物語を届けられることを、変わらずとても幸せに感じている。一冊ごとに、
時は移ろい、世の中は変わる。
売れる本、好まれる物語はどんどん変化して、半年後、来年、こうして書いた文章を発表させていただける立場にあるとは限らない。
だから、一筆一筆を思い切って楽しむことにする。一話ごと、好きでしょうがないものばかりを惜しみなくぎゅうぎゅうと詰め込んでおく。
「これを書きながら死んでもかまわない。いや、どうせ死ぬなら書き終えてから死なないと」……キーボードを打ちつつ息切れしながらそう思う毎日の、何と濃密で幸福であることか。
ちなみにこの『帝都妖怪ロマンチカ』シリーズは、最初に三巻までと決めて書きだした。今回の新刊は二巻目となるが、最終巻のタイトルも決まっている。冒頭一文も定まった。
先日、担当さんに次巻の構想をチラとお話ししたところ、半笑いでひとこと「濃いぃ」とおっしゃった。ああ、よかった。とりあえずプロットはすんなり通りそう……。
いまから物語世界へ旅するのが楽しみで仕方がない。嘉寿哉にまとわりつく弐矢と同じく喉をゴロゴロ鳴らして「ああ、もっと……」と身をよじっている。
ベタでお恥ずかしいが、タイトル『帝都妖怪ロマンチカ』の“ロマンチカ”は、飼い主チカを思いつづける弐矢の健気さからつけた。
気紛れで、無責任で、上機嫌でいることとラクすることが優先で、しんみりしたのが大の苦手な主人公、弐矢。射干玉色の猫又の活躍をお楽しみいただければ幸いです。
加えて、女学生「くれなゐの君」の切ない恋心と、ぴんと伸ばした彼女の背筋の美しさをも、愛おしんでいただけたら嬉しく思います。
『帝都妖怪ロマンチカ ~狐火の火遊び~』
この巻からでも、もちろんお楽しみいただけます。どうかお手に取っていただけますように。
真堂 樹
しんどう・たつき● 作家。
東京都生まれ。『春王冥府』で1994年下期コバルト・ノベル大賞受賞。デビュー作の中華風ファンタジー『四龍島』シリーズで人気を博す。近著に『お坊さんとお茶を』シリーズ『男爵の密偵』『ラストオーダー』『双牙』等多数。