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高野秀行が読む「いやよいやよも旅のうち」北大路公子:著

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心が揺れまくる迷旅行記

 面白い旅行記(旅エッセイ)の肝は「書き手の心の揺れ」というのが私の持論だ。いくらサハラ砂漠を徒歩で横断しても、本人の心の揺れが描かれなければ読者は感情移入ができない。それなら、旅の初心者がバンコクの町中でゾウに出会って驚くほうが——うまく書かれているなら——自分も一緒に旅をしている感覚に陥り、ずっと楽しく読むことができる。書き手は旅に不慣れなほうがいいと思うときすらある。
 だが、ものには限度があるんじゃないかと本書を読んで思ったのである。キミコ姉さんは旅に不慣れどころでない。
 自宅のある札幌市内の動物園に行くとか、遠野でレンタサイクルに一時間ほど乗るとか、富士急ハイランドでジェットコースターに乗るとか、「そんなの旅か?」と思わず突っ込みたくなる。単なる娯楽じゃないか?
 ところが、キミコ姉さんにとってはハラハラドキドキらしい。というか、微に入り細をうがって書かれる「心の揺れ」を読んでいると、ただ自転車に乗ったりするだけなのにこっちまでハラハラドキドキしてしまう。
 なんだろう、これは……。ずいぶん考えてわかった。キミコ姉さんは「おばちゃんの着ぐるみを着た、いたいけな少女」なのだ。いたいけな少女は人生経験が極端に少ないから、自宅圏内からちょっと外に出ると全てが驚異ワンダー。普通の大人にはどうってことのない物事一つ一つに怯え、不安に駆られ、動揺する。富士山麓をちょっと歩いただけで、「冒険を終えて家に帰ったら幼なじみと結婚することになるけどまだ心の準備ができてない」というような、意味不明な妄想にとらわれがちなのも少女ならではだ。反面、着ぐるみ部分も思いのほか分厚いので、旅先では朝風呂と朝ビールが当たり前。つまり、「心の揺れ」もいたいけな少女部分と図太いおばちゃん部分の二重構造なのだ……とか書いているうちに頭がおかしくなってきた。
 私の脳内をも揺るがす迷旅行記と言えよう。

高野秀行

たかの・ひでゆき●ノンフィクション作家

『いやよいやよも旅のうち』

北大路公子 著

発売中・集英社文庫

本体660円+税

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