[今月のエッセイ]
『パラ・スター』ができるまで
『パラ・スター』は、競技用車いすのエンジニアをめざす
本作は、すでに刊行された〈Side百花〉と来月刊行予定の〈Side宝良〉の二冊から成っている。当初の構想では、百花はテニスプレイヤーでありながら障がいを負うことになった親友、宝良を支えたい想いから車いすエンジニアをめざすことにしていた。宝良についてのストーリーも、彼女が自分の障がいに対する葛藤を克服していく過程に重点を置いていた。つまりそれが、私の車いすやパラアスリートに対する最初のイメージだった。
でも実際に車いすテニスプレイヤーと車いすエンジニアに会い、そのイメージが
東京の
この人は車いすテニスの小説を書くために取材に来たんだよ、と紹介された彼女は「へー」とあどけない顔で私をしげしげ見たあと「こんにちは」と笑顔で挨拶してくれた。
彼女の笑顔はとびきりチャーミングで、そして堂々と誇り高かった。私は衝撃を受けた。そして衝撃を受けた自分にショックを感じた。つまり私は、障がい者で車いすに乗っているこの子は自分に引け目を感じているに違いない、と思っていたのだ。けれどそのイメージと彼女がかけ離れているので驚いたのだ。
私は障がい者を差別しないし偏見も持っていないと、その時まで思っていた。その自負があったから車いすや車いすテニスに関わる人々を書こうと決めた。でもそうではない。私も『障がい者』という
その後、中澤監督の指導を受けるジュニア達の躍動感にあふれたスーパープレイを見て、感電したみたいに悟った。宝良は今まで構想していたような『車いすテニスをする障がい者』ではない。『車いすに乗ったアスリート』なのだ。彼女が見つめる先は、私が考えていたよりも遥かに遠く高い。障がいなどとっくにすり抜けて、世界の頂点をめざして果敢に戦いを挑んでいく。それが宝良という人間だ。
講習会の翌日は、千葉のオーエックスエンジニアリングで取材させていただいた。競技用車いす界では選手達から絶大な支持を集めるメーカーだ。スタッフさんは私の質問に快く答え、三時間近くもエンジニアとしての体験を語ってくれた。中でも印象的だったのが、子供向けの競技用車いす『WeeGO』についての話だ。
「利益って点でいえば全然儲からないんです。すごく安くしてあるから。でもこの値段で手に入る、こういう子供向けのスポーツ車っていうのは絶対なきゃいけない。土壌を育てていくってことも大事ですから」
子供たちの未来を見つめた言葉に胸を打たれると同時に、もしここに百花がいたら、と思った。百花は親友を支えたくて車いすエンジニアの道を選ぶ。でもこんな情熱と
最後に工場で見せてもらったテニス用車いすは、とても美しく、恋に落ちるほどかっこよかった。書きたい、と車いすを見つめて強く思った。それぞれの道を走る百花と宝良の間に車いすがあり、それが二人をつなぐ。そんな物語を書きたい。書ける。書こう、早く。
その後はプロットを練り直して猛然と書いた。テニスプレイヤーの視界を知りたくてテニス教室にも通い始めた。進んで運動などしたことのない文化系の私には前代未聞のことだ。また国内車いすテニス大会の最高峰、ジャパンオープンを観戦するために福岡県にも単身出かけた。作中のクライマックスであるジャパンオープンで、試合中に起こる車いすのトラブルや、雨上がりのコートを大会スタッフ達がタオルで拭う姿は、私が実際に目にした光景だ。
『パラ・スター』が世に出る今、本当はとても怖い。まだ私の内に無自覚の偏見があって、それが作品ににじみ出てはいないか、車いすを作る人達や車いすテニス選手達を傷つけることはないか、と。そういう恐れは何を書く時にも常にあるのだけれど、今はとりわけ怖い。
でも同時に楽しみでもある。本作は車いすとそれを作る人達と車いすテニス選手達への恋のような気持ちをいっぱいに詰めこんで書いた。楽しんで読んでもらえたら本当に嬉しいし、もし『パラ・スター』をきっかけに車いすや車いすテニスに興味を持ってもらえたら、書き手としてこれ以上の幸福はない。
阿部暁子
あべ・あきこ●作家。
岩手県出身。「陸の魚」で雑誌Cobalt短編小説新人賞に入選。「いつまでも」(刊行時『屋上ボーイズ』に改題)で2008年度ロマン大賞を受賞。著書に「鎌倉香房メモリーズ」シリーズ、『どこよりも遠い場所にいる君へ』『また君と出会う未来のために』『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』等。