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青木千恵 『炎より熱く』矢口敦子 著

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悩み多き生き物だけれど

 二〇一九年一月に刊行された『海より深く』の続編である。前作で大学四年生だった主人公の佐藤真志歩ましほは、社会人になっている。吾川市立病院で医療秘書をしているが、三年で雇用打ち切りの契約職員で、祖父の家賃援助がなくては暮らせない。自立を宣言して東京に留まったものの安定とは程遠い。〈なにをしていいのか、なにになりたいのか、これっぽっちも見えなくて〉。季節は六月、真志歩の心は梅雨空のように晴れずにいる。
 そんな中、刑事の瀬戸遼平が病院に現れ、真志歩はある患者に近づくことになる。二十四歳の和田多真美たまみは半年間に四回も怪我を繰り返して整形外科に入院中で、保険会社から問題視されていた。和田の病室に向かった真志歩は、見舞いに来ていた小塚信之介と出会う――。
 主人公の前に謎が置かれ、あとはもう手練の筆致で“炎より熱い世界”へとぐいぐい引き込まれる。小塚が営む雑貨店を訪ねる一方、真志歩は友人の柚木ゆずき美咲からセクハラ被害を打ち明けられる。料理の勉強を始めた美咲は、尊敬していた七十代の有名料理家に襲われ、難を逃れたが心に傷を負う。真志歩も美咲も二十二歳。女性たちの前には複雑な世の中が広がっていて、それぞれの悩みや家族の葛藤が描かれる。セクハラに絡めて女性差別がクローズアップされるが、著者の視野は広くて偏りがなく、「人間すべて」をストーリーで見つめていく点が本書の読みどころだ。製薬会社に就職した義理の叔父、前島裕貴ゆうきも、希望と違う研究で不満げな様子。真志歩の母親が祖父と再婚した裕貴の母を嫌うため、真志歩と裕貴の距離は遠のきつつある。
 主人公の名前に、著者の「人」に対する思いを感じる。真っすぐに志して歩んでほしい。また、タイトルからしてミステリアスだ。海より深い、に続いて、炎より熱いものとはなんだろうか。ストーリーを通して分かってくる。
 手に余るほど奥深い感情を抱える生き物は、人間だけである。だからこその希望をスリリングに問いかける。主要人物があらためて登場し、推進力を増してシリーズが動いている。本作から読んでも大丈夫だが前作もあわせて読んでもらいたい、優れた長編ミステリーだ。

青木千恵

あおき・ちえ●フリーライター、書評家

『炎より熱く』

矢口敦子 著

発売中・集英社文庫

本体720円+税

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