[本を読む]
よりよい人生と安楽死を問う
去る二〇一九年一一月、厚生労働省が推進する「人生会議」のPRポスターが発表された。そもそもは人生の最終段階でどんな医療やケアが受けたいかを家族や医師らと話し合おう、とする呼びかけだったが、恐怖心を煽るポスタービジュアルが爆発的な拒絶反応を引き起こし、医療機関への発送中止が即日で決定してしまった。だが、「人生会議」という言葉に触れ、その意味を知ること自体は得るものが大きかったのではないか?そんな匂いを少しでも嗅いだという人は、ジャーナリスティックに社会問題に切り込みエンタメへと昇華する作風で知られる、楡周平の長編小説『終の盟約』を読むべきだ。
五五歳の開業医・輝彦の同居中の父親が、認知症を発症した。父親もまた医師であり、日本ではまだ珍しい事前指示書――自らが判断能力を失った際に、自分に行われる医療行為に対する意向を前もって意思表示しておく文書――を以前、息子に託していた。そこには延命治療の拒否だけでなく、認知症になった場合は宅間という友人の医師に指示を仰げと併記されていた。その言葉に従い宅間が紹介した病院に入院させたところ、父は心臓病で突然死を遂げる。一種の「倒叙モノ」ミステリーでもある本作は、要所要所で犯人視点の語りが挿入されていく。実は輝彦の父は、医師の手により安楽死させられていたのだ。なぜそんなことが行われたのか。「盟約」とは何か?
家族は延命を望み、患者は延命を拒む。一般人にとって死は遠いものだが、医師にとってはごく身近にある。立場によってまるで異なる見解や正義を、神学的な議論としてではなく、あくまでも登場人物間のドラマに落とし込んでいく手腕に
病院にPRポスターを貼るかわりに、この本が各家庭に配られるべきだと思う。
吉田大助
よしだ・だいすけ●ライター