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今月のエッセイ/本文を読む

美奈川 護 『はしたかの鈴 法師陰陽師異聞』

[今月のエッセイ]

陰陽師、
二番目の不遇を濯ぐこと

 どのような世界でも、えてして「二番目」は不遇なものだ。
 世界で一番高い山がエベレストであることは小学生でも分かるだろうが、二番目は? と聞かれて即答できる人が、果たしてどれくらいいるだろうか。自分で書いていて分からなかったので調べてみたら、カラコルム山脈に位置する、カラコルム2号……通称『K2』という山であるらしい。そうなのか、ひとつ賢くなった。
 いずれにせよその道に精通していない限り、一番目に比べて二番目に対する認識などそんなものである。
 同じような感覚で「一番有名な陰陽師の名を挙げよ」と問われたら、おそらく九割方の人が「安倍晴明あべのせいめい」の名前を出すはずだ。特に歴史に詳しくなくても、彼の名前を知らない日本人はいないだろう。フィクションの世界ではイケメンになったり美少女になったりと忙しいし、映画化すれば有名狂言師が主演を張るし、まつられている晴明神社はフィギュアスケートファンの聖地になっている。おそらく陰陽師と名のつく界隈に石を投げれば、十中八九安倍晴明に当たるだろう。
 さて、一番目はいい。問題は二番目である。
 ならば「二番目に有名な陰陽師の名を挙げよ」という質問であればどうだろうか。よほど詳しい人でもない限り、弓削是雄ゆげのこれお賀茂保憲かものやすのりといった名前を挙げることはあるまい。ここで安倍晴明の次に名が挙がるであろう二番目の陰陽師こそが「芦屋道満あしやどうまん」その人である。
 ぶっちぎりの一番目である晴明には遠く及ばないものの、そこそこの知名度はある芦屋道満とは、一体どういった印象の人物なのか。多くの人にとって彼は「悪役」だろう。さもありなん。ただでさえ少ない文献に残っている逸話にしても、時の権力者である藤原道長に呪いをかけようとしたのが晴明にバレて播磨はりまに追放されただの、晴明の妻を寝取って呪力で首を飛ばされただの、不名誉な小悪党話ばかり。なおフィクションの世界でも、悪役面の爺さんとして描写される率が高い傾向にある。
 要するに、とにかく不遇な人なのである。
 なぜ私は、ここまで芦屋道満の肩を持つのか。同じ日陰者の同族意識と言ってしまえばそれまでだが、なんだか調べれば調べるほど色々と不自然なのである。
 道満は生没年不詳とされているものの、生まれ育ったとされる加古川の正岸寺しようがんじには「天徳二年(九五八年)に生誕」という記録が残っている。晴明は延喜二十一年(九二一年)生まれであるからして、この説が正しければ晴明の方が三十七歳も年上なのだ。一般に認知されている、若きヒーロー・安倍晴明と老獪ろうかいな悪役・芦屋道満という対立構造が、この時点でおかしくなる。
 同時に正岸寺には道満に関して「庶民のために尽せし功績は大なり」とも残されている。そもそも道満は、朝廷に属さない法師陰陽師であった。法師陰陽師は朝廷の目が行き届かない平安時代の地方において医師や薬師くすしの役割も担い、当時の民衆にとっては欠かすことのできない存在であったのだ。
 こうして道満側に残された数少ない情報だけを見てみると、世間一般に認知されているイメージとは逆に捉えることもできる。朝廷にしいたげられる民衆を救うため、老獪な官人陰陽師・安倍晴明に立ち向かう若き法師陰陽師・芦屋道満……噓は言っていない、すべて記録から類推しただけだ。
 もちろん、安倍晴明を悪役にしたいわけではない。ただ、歴史というものはどこの視点から見るかによって容易に印象が変わるものなのだ。そういった意味で、謎多き二番目の陰陽師・芦屋道満という存在は非常に魅力的なのである。
 とはいえ、彼の物語を書くのは骨が折れた。そもそも、実在しない人物という説もあるぐらい資料が少ないのだ。『十訓抄じつきんしよう』の中で道満の棲家すみかが「六条坊門、万里小路までのこうじ、河原院の古き跡、折戸のうち」であるという一節を見つけた時には、標的の潜伏先を発見した探偵のような心持ちになった。なお、江戸時代の浄瑠璃『芦屋道満大内鑑おおうちかがみ』における「大男」で「妹がいる」という道満像も参考にさせてもらった。
 残された少ない逸話とフィクションを織り交ぜて構築した、法師陰陽師・芦屋道満の物語が、今回上梓した『はしたかの鈴 法師陰陽師異聞』である。おそらくは、安倍晴明の好敵手であり、老獪な悪役といった今までの典型的な道満像を、様々な意味で覆す内容になっているはずだ。そしてそれは同時に、平安時代という徹底した階級社会において、小さいものが一瞬だけでも大きなものに牙を剝く話でもある。彼が連れ歩いていたとされる式神の存在も含め、楽しんで頂ければと思う。
 ちなみに話は突然冒頭に戻るが、世界で二番目に高い山『K2』について調べてみたところ、標高こそ世界一のエベレストに二百メートルだけ及ばないものの、登頂難易度は段違いに高い「非情の山」らしい。登ることの難しさで見れば、世界一の山なのだそうだ。なるほど、一番目と二番目の印象は、意外と容易に崩れるものである。

美奈川 護

みながわ・まもる●作家。

1983年千葉県生まれ。2009年『ヴァンダル画廊街の奇跡』で第16回電撃小説大賞金賞を受賞しデビュー。著書に『特急便ガール!』『スプラッシュ!』『ギンカムロ』『弾丸スタントヒーローズ』『美の奇人たち~森之宮芸大前アパートの攻防~』『星降プラネタリウム』等。

『はしたかの鈴 法師陰陽師異聞』

美奈川 護 著

集英社文庫・発売中

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