[今月のエッセイ]
陰陽師、
二番目の不遇を濯ぐこと
どのような世界でも、えてして「二番目」は不遇なものだ。
世界で一番高い山がエベレストであることは小学生でも分かるだろうが、二番目は? と聞かれて即答できる人が、果たしてどれくらいいるだろうか。自分で書いていて分からなかったので調べてみたら、カラコルム山脈に位置する、カラコルム2号……通称『K2』という山であるらしい。そうなのか、ひとつ賢くなった。
いずれにせよその道に精通していない限り、一番目に比べて二番目に対する認識などそんなものである。
同じような感覚で「一番有名な陰陽師の名を挙げよ」と問われたら、おそらく九割方の人が「
さて、一番目はいい。問題は二番目である。
ならば「二番目に有名な陰陽師の名を挙げよ」という質問であればどうだろうか。よほど詳しい人でもない限り、
ぶっちぎりの一番目である晴明には遠く及ばないものの、そこそこの知名度はある芦屋道満とは、一体どういった印象の人物なのか。多くの人にとって彼は「悪役」だろう。さもありなん。ただでさえ少ない文献に残っている逸話にしても、時の権力者である藤原道長に呪いをかけようとしたのが晴明にバレて
要するに、とにかく不遇な人なのである。
なぜ私は、ここまで芦屋道満の肩を持つのか。同じ日陰者の同族意識と言ってしまえばそれまでだが、なんだか調べれば調べるほど色々と不自然なのである。
道満は生没年不詳とされているものの、生まれ育ったとされる加古川の
同時に正岸寺には道満に関して「庶民のために尽せし功績は大なり」とも残されている。そもそも道満は、朝廷に属さない法師陰陽師であった。法師陰陽師は朝廷の目が行き届かない平安時代の地方において医師や
こうして道満側に残された数少ない情報だけを見てみると、世間一般に認知されているイメージとは逆に捉えることもできる。朝廷に
もちろん、安倍晴明を悪役にしたいわけではない。ただ、歴史というものはどこの視点から見るかによって容易に印象が変わるものなのだ。そういった意味で、謎多き二番目の陰陽師・芦屋道満という存在は非常に魅力的なのである。
とはいえ、彼の物語を書くのは骨が折れた。そもそも、実在しない人物という説もあるぐらい資料が少ないのだ。『
残された少ない逸話とフィクションを織り交ぜて構築した、法師陰陽師・芦屋道満の物語が、今回上梓した『はしたかの鈴 法師陰陽師異聞』である。おそらくは、安倍晴明の好敵手であり、老獪な悪役といった今までの典型的な道満像を、様々な意味で覆す内容になっているはずだ。そしてそれは同時に、平安時代という徹底した階級社会において、小さいものが一瞬だけでも大きなものに牙を剝く話でもある。彼が連れ歩いていたとされる式神の存在も含め、楽しんで頂ければと思う。
ちなみに話は突然冒頭に戻るが、世界で二番目に高い山『K2』について調べてみたところ、標高こそ世界一のエベレストに二百メートルだけ及ばないものの、登頂難易度は段違いに高い「非情の山」らしい。登ることの難しさで見れば、世界一の山なのだそうだ。なるほど、一番目と二番目の印象は、意外と容易に崩れるものである。
美奈川 護
みながわ・まもる●作家。
1983年千葉県生まれ。2009年『ヴァンダル画廊街の奇跡』で第16回電撃小説大賞金賞を受賞しデビュー。著書に『特急便ガール!』『スプラッシュ!』『ギンカムロ』『弾丸スタントヒーローズ』『美の奇人たち~森之宮芸大前アパートの攻防~』『星降プラネタリウム』等。