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今月のエッセイ/本文を読む

坂爪真吾 『性風俗シングルマザー 地方都市における女性と子どもの貧困』

[今月のエッセイ]

「名前のない幼稚園」で
「お友達」と過ごした一日

 この度集英社新書より上梓する『性風俗シングルマザー 地方都市における女性と子どもの貧困』の取材で、地方都市の無店舗型性風俗店、いわゆるデリヘルの託児所を何度か訪問した。
 2回目に託児所に伺った際、保育スタッフの方から、「明日は女性の出勤が多く、預かるお子さんも多いので、もしよかったらお手伝いに来てくれませんか?」と頼まれた。
 その日はちょうど日曜日で、私も妻も仕事が休みだったため、7歳の長男と5歳の次男を連れて、家族全員で託児所に手伝いに行くことにした。
 朝10時過ぎに託児所に到着すると、3~4歳の子どもたち4人がにぎやかにフロアを走り回っていた。この日の保育はスタッフ2名体制の予定だったそうなのだが、急に1名が体調を崩して休みになったため、丸一日、スタッフ1名で子ども7人(0歳児・1歳児含む)の保育を行う、という修羅場に近い状態になっていた。保育スタッフの方の負担を少しでも軽くすべく、家族で分業して手伝いをすることにした。
 3~4歳の子どもたちは、主に私が遊びの相手をすることになり、男の子からは戦いごっこ、女の子からはお馬さん、おんぶやだっこなどをひたすらせがまれた。随所で順番争いなどの小競り合いは起こったものの、7歳の長男がお兄さんキャラになってうまく場を仕切ってくれて、皆で楽しく遊ぶことができた。
 1~2歳の子どもたちは、5歳の次男がブロック遊びを一緒に行い、ブロックでお城やピストルを組み立てたり、絵本やシール遊びをして過ごした。
 0歳の赤ちゃんは、妻が抱っこをして、泣きそうになるたびにうまくあやしてくれた。保育スタッフの方は、1歳の子どもをおんぶしながら0歳の子どもにミルクをあげたり、それぞれの子どもをトイレに連れて行ったりおむつを替えたりと、てんてこまいの状態だった。
 お昼ご飯を買いに近所のコンビニに行く途中、7歳の息子から、「パパ、あそこはなんていう名前の幼稚園なの?」と尋ねられた。
 どう答えればいいか、迷った。7歳の子どもにデリヘルについて説明しても理解できないだろうし、不用意にするべきでもないだろう。悩んだ末に、私はこう回答した。
「名前はないんだ。あそこにいるお友達は、お母さんが日曜日も働いているので、その間、あの幼稚園で遊んでいるんだよ」
「でも、僕が通っていた保育園とは全然違うよ。遊び道具も少ないし、壁には何も貼っていないし、先生も一人しかいないし……」と息子がつぶやいた。
「他の幼稚園とはちょっと違うかもしれないけど、それはお友達のお母さんたちが働いている会社が作った幼稚園だから。こういった幼稚園もたくさんあるんだよ」
 息子との会話はそこで終わった。夕方近くになると、お迎えに来る母親も増えて、子どもの数は次第に減っていった。
「あとは私一人でも大丈夫です。本日は本当にありがとうございました」と保育スタッフの方からお礼を言われたので、託児所を出ることにした。
 別れ際、一緒にお馬さんやおんぶをして遊んでいた女の子が「まだ帰らないで!」と泣きそうな声で私にしがみついてきた。母親が迎えに来るまで、あと2時間近くあるらしい。
「また遊びに来るから、大丈夫だよ。もうすぐ、お母さんも迎えに来ると思うから、それまでしばらく待っていてね」と伝えた。
 女の子はねた表情をしていたが、他の子どもたちは「また来てね」「また遊ぼうね」と、息子たちと手を振りあっていた。
 帰りの車内で、息子たちに「今日は楽しかったね。また遊びに行きたい?」と尋ねた。すると、息子たちではなく妻が「楽しかった~! また行こうよ~」と身を乗り出してきた。
 デリヘルの託児所に子連れで手伝いに行く、ということに対しては、あまり良い顔をしない人もいるだろう。しかし、私の妻は快く同意してくれた。
 経済的困難を抱えた女性や子どもたちの現状は、メディアにおいては「貧困にあえぐシングルマザーの実態」「出口のない貧困の絶望」など、仰々しい言葉や表現で語られがちな世界だ。
 そうした言葉や表現には、どこかしら「他人事」感が漂っている。そこに「性風俗」というワードが絡めば、「他人事」感はますます強まる。
 こうした「他人事」感を薄めるためには、現場にいる女性や子どもたちと顔を合わせて、遊びや食事などを通して同じ時間と場所を共有していくこと=「お友達になる」ことが重要になるはずだ。社会的包摂とは、平易な言葉で言い換えれば、「お友達」と過ごす時間を増やしていくことなのかもしれない。
 息子たちがもう少し大きくなったら、この「名前のない幼稚園」で「お友達」と過ごした一日について、改めて話し合ってみたいと考えている。

坂爪真吾

さかつめ・しんご
1981年新潟市生まれ。一般社団法人ホワイトハンズ代表理事。
東京大学文学部卒。新しい「性の公共」を目指し、重度身体障害者に対する射精介助サービス、風俗店で働く女性の無料生活・法律相談事業「風テラス」など、社会的な切り口で現代の性問題の解決に取り組んでいる。著書に『孤独とセックス』『未来のセックス年表』等。

『性風俗シングルマザー 地方都市における女性と子どもの貧困』

坂爪真吾 著

集英社新書・発売中

本体880円+税

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