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杉江松恋 『キッドの運命』中島京子 著

[本を読む]

ちょっと未来に行って、
この世界がどうなるか見てきた

 私のおばあちゃんは泥みたいなペーストを野菜につけて食べる。
 十四歳のミラは、父親の新しいガールフレンドと夏休みを過ごすのが嫌で、母方の祖母を訪ねる。幼いころに会ったきりの祖母は、身の回りのものに何でも名前をつける人だった。生活支援ロボットはお清さん、泥みたいなペーストにも米小路味噌麿こめのこうじみそまろという立派な名がある。漢字を見るのも初めてのミラは、自分の名を美羅と書くことも教えてもらった。
 中島京子『キッドの運命』は、未来の世界を舞台とする連作短篇集だ。右に紹介した「種の名前」では、ミラの祖母が友人たちと秘密のプロジェクトに取り組んでいることが明かされる。この世界では巨大企業が主要な穀類を独占販売するために、あらゆる品種の栽培権を買い占めている。祖母たちは、失われた大豆や米をひそかに復活させ、自分たちの手で育てているのだ。いつくしむように、名前までつけて。日本では種苗法が改正される方向に動きつつあるが、ミラたちがいるのはおそらくそういった施策が徹底した後の世界なのだろう。
 本書の収録作には未来から現在を照射するという共通点がある。「赤ちゃん泥棒」では人工子宮が普遍化した社会を舞台とし、出産にまつわる責務がすべて女性に押し付けられている現在の鏡像を映し出す。表題作では、東アジアに二つの国家連合体が成立していて、国名としての日本は消滅している。その出自を持つ者は日本系などと呼ばれ、「日本人」という単語は、あるとんでもない商品のブランド名になってしまっているのである。「日本は特別」と威張る人々のナショナリズムは、裏返しにされると、とても奇妙で可笑おかしい。
 あたりまえ、それが当然、などという思い込みに疑問符がついていく短篇集だ。巻末の「チョイス」は、語り口こそ朴訥ぼくとつとしているが、もっとも辛辣しんらつな内容だ。ぼうっとして生きてると、えらいことになっちゃうよ、と中島に耳元でささやかれたような気がする。

杉江松恋

すぎえ・まつこい●書評家、ライター

『キッドの運命』

中島京子 著

12月5日発売・単行本

本体1,500円+税

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