[本を読む]
いよいよキャト氏統一へ
動き出したテムジン
草原には風が吹いていた。地平線はどこまでも続いているようだった─かつて一度だけモンゴルへ行った時の印象だ。北方謙三の『チンギス紀』のページを開くたび、私は二十年も前に訪れた草原のことをありありと思い出す。
『チンギス紀』は、のちにチンギス・カンとなり、ユーラシア大陸の覇者となる男の物語だ。モンゴル族のキャト氏の
『チンギス紀』の魅力はいくつかあるが、一つは、十二世紀の草原における国と民族、氏族の複雑な対立劇にあると思う。なじみのない歴史に最初は戸惑うが、登場人物の像が結び始めると、彼らの性格や行動から次の一手を「読む」楽しみが出てくる。武力がものをいった時代なだけに、迫力ある合戦場面も見事だ。北方作品の特徴でもある、簡潔で力強い文章が輝きを増す瞬間である。
主人公テムジンの成長を間近で見守ることができるのも大河小説ならではの楽しみだ。六巻では、父親としての戸惑いや葛藤も垣間見える。周囲の人々も時間とともにゆっくりと変化していき、テムジンの側近、ボオルチュの結婚のような慶賀があるかと思えば、
物語の地平はまだ遙か。現時点で先はまったく見とおせない。草原の上を流れる雲のように、悠々たる時の流れがこの物語には必要なのだ。もう六巻、ではなく、まだ六巻。いまからでも遅くない。リアルタイムで新刊を心待ちにする楽しみを一人でも多く味わってほしい。
タカザワケンジ
たかざわ・けんじ●書評家、ライター