[特集]
中野 翠 寄稿
〈追悼 橋本治〉ジグソーパズルの人
集英社新書で多くの著作を残された作家・橋本治さんが2019年1月に逝去されました。
橋本さんと親交の深かった中野翠さんに、追悼の意を込めてご寄稿いただきました。
『たとえ世界が終わっても─その先の日本を生きる君たちへ』(集英社新書)は2017年の2月17日に出版された。
橋本さんにしてはずいぶん直球じみたタイトルだな、早逝した哲学者・池田晶子さんの本のよう。若い人を対象とした啓蒙的な本なんだろうな─と、ちょっと腰が引けて、でも、もちろん気にはなっていて、仕事机の横に置いていた。ちゃんと読んだのは、訃報に接した後だった。
読み終わって、私は呆然。ああ、なんですぐに読まなかったんだろう、これは橋本さんの遺書じゃあないか、遺言じゃあないか。『たとえ世界が終わっても』というタイトルも、聞き書きというスタイルも俄然、切実な意味を持って迫って来る。
橋本さんはカンのいい人だった。動物的直感の持ち主だった。聞き書きの相手に選んだ「カワキタ」と「ホヅミ」の両氏は、橋本さんと読者の間に立って〝通訳〟してくれた。橋本さんはおおいに満足したと思う。
読みながら、何度も橋本さんに会った時の、さまざまな場面が思い出された。駆け出しのフリー・ライターとして最初に会ったのは小説『桃尻娘』でデビューした直後だったから'78年か'79年だったはず。夏だった。練馬の古びた一軒家。長髪、童顔、大男。育ちすぎたイタズラっ子といった風情。何ピースだか忘れたが、大きなジグソーパズルに挑戦していた。その種の遊びにまったく興味がない私は、「よくまあ、そんな面倒くさいことを」と思った。
その後、対談や取材で何度か会った。同じ「団塊世代」だから昭和の記憶が共有できた。'90年代のバブル崩壊で橋本さんは大きな債務を負ってしまった。書いて書いて書きまくるということを余儀なくされたわけだが、たぶん、橋本さんはそんな境遇を好機と受けとめようとつとめたのだろう。橋本さんは、ひとにはどう見えようが、明るく、元気な、昭和の少年だったと思う。
中野 翠
(なかの・みどり)●コラムニスト