[今月のエッセイ]
さて、今日は何食べよう。
食欲の秋到来! ということで、この度、『本日のメニューは。』という〝ゴハンモノ小説〟を刊行させていただく運びとなりまして。大変ありがたいことでございます。たまに本屋さんに行ってみると、結構ゴハンモノ小説って多いな、ということに気づくんですよね。食欲というのは人間にとってゆるぎない三大欲求の一つですから、「食」が創作意欲の原点となっている作家さんも多いのかもしれないですね。
さて、簡単に新刊を紹介させていただきますと、これまでの僕の作品を知らない方々にも気軽に手に取ってもらおう、というコンセプトのもと、すでに「小説すばる」で発表した二編と書き下ろし三編で構成した短編集でして、お求めやすい〝いきなり文庫〟で刊行となっております。話の舞台はすべて飲食店。もともと僕は作品中にゴハンを登場させることが好きなもので、もういっそのこと全編ゴハンでいく? という感じで生まれた作品でございます。
ただ、飲食店が舞台なんですけど、僕自身は生粋の自炊野郎でして、外食とか三ヵ月に一回あるかないかくらい。美味しいものを求めてどこまでも、とか、高級店で優雅にディナーを、というタイプでもないので、普段からあんまりオシャンティーなグルメ生活をしているわけではないのです。そのせいか、登場する飲食店はいずれも庶民の生活圏内にあるような素朴なお店ばかりになりました。ゴハンモノ小説ではありますけど、ゴハンそのものというよりも、「食」を通して見える人間ドラマがテーマです。
中でも、作者として特に思い入れがあるのが、冒頭の『四分間出前大作戦』という一編。元は『中華そば・ふじ屋』というタイトルで、小説すばる新人賞受賞後の第一作として発表した記念すべき作品なわけですが、もう六年も前の話になるんだなあ……。当時の原稿を読み返したら、文章が若くてこっぱずかしかったですね。
話の筋は、昔ながらのラーメン屋さんのラーメンを、道路を挟んで向かい側の病院に出前するというもの。ただし与えられた時間は四分間。目の前には通行量の多い国道。さてどうする? というエンタメらしいお話なんですけども、これ、半分くらい実話なんですよね。友人が実際にやったことを少し(少し?)脚色して小説にしたものです。
友人から聞いたのは、重い病気で入院中の家族のために、弟と二人でラーメンの出前をしたんだよね、という「フィクションでしょ?」と思うような実話。短編を寄稿することになった時、友人に「あの話、書いていい?」って許可を取りまして。快くOKしてもらったおかげで一本の短編が生まれ、結果的に本作の出発点となったわけです。お陰で本になったよ! ありがとう!(私信)
実話ついでに実は、ですけど、『本日のメニューは。』の全体的な仕上げにかかっていた時期、僕も持病の治療で一月半ほど入院していたんですよね。ラーメンの出前はお願いしませんでしたけども。
入院患者とはいえ、胃腸が悪いわけではないし、患部以外はそこそこ健康体なので、普通に食べられるのに毎日三食病院食なわけですよ。いやね、病院食も最近は工夫されていてちゃんと美味しいんですけど、前述の通り、僕は生粋の自炊野郎でありますから、スーパーに行って、季節の野菜がお安い! とか、今日は何食べようかなあ、とか考えることも、僕にとって「食」の一部なわけです。なので、三食決められたものを何の感動もなく作業の如く食べるっていうのは、やっぱり生命力を
今思えば、そんな状態でゴハンモノ小説を書く、っていうのはえらい難しかったなあと思います。満腹になることもなく、酒もつまみもなく、間食も取らず、夕方五時くらいに数分で夕食を済ませた後で、「口いっぱいに香りが―」とか、「肉を焼き―」みたいな文章を夜通し書いてるわけですよ。もう、なんの拷問かというね。ようやく最後まで書き上げて原稿を出してみたら、編集さんから「もっと美味そうな描写を!」「シズル感を!」とか返ってきまして。鬼かな?
そんな苦労もありつつようやく完成した本作。いつも僕は、「面白かった」という感想をもらうと一番うれしい、という話をするのですが、今回は「おいしそう」「〇〇食べたい!」「腹減った」などの感想をいただけたらうれしいだろうなあ、と思いますね。
さて、僕はそろそろ夕食の時間。今日は何食べよう。みなさんの〝本日のメニュー〟はなんでしょう。
行成 薫
ゆきなり・かおる● 作家。
1979年宮城県生まれ。2012年『名も無き世界のエンドロール』(「マチルダ」改題)で第25回小説すばる新人賞を受賞してデビュー。著書に『ヒーローの選択』『僕らだって扉くらい開けられる』『廃園日和』『ストロング・スタイル』『怪盗インビジブル』等。