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青木千恵 『ききりんご紀行』谷村志穂 著

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りんご、この奥深き世界

 りんごについて、さまざまな角度からアプローチしたノンフィクションである。〈りんごってどうしてこんなに人に愛されるのだろう〉という話を編集者としたのがきっかけで、「東奥日報」に連載したエッセイが元になっている。連載にあたり、毎日りんごを食べることを決めて実践すると、りんごの成り立ちそのものの「不思議」に心が奪われていったのは、農学部出身の著者ならではだ。
 最近は季節を問わず食べられるりんごだが、収穫期は八月から。収穫期に合わせて極早生(ごくわせ)種、早生種、中生種、晩生種と分けられ、主力品種のふじは十一月頃に収穫される晩生種だ。あれ、では九月に食べたあのふじは、長期間貯蔵されたものだったのか、穫(と)れたてのひろさきふじ(早熟系の枝変わり)だったのか。これを「九月のりんご問題」と名づけるなど、著者のアプローチ法は独特だ。アンテナにかかったら取材をし、品種や収穫したての美味しさを覚えていく。りんごを手がかりに旅をし、綴るのである。
 旅はとどまるところを知らず、ノンフィクションでも筆致は柔らかい。「切り口」が面白いので、とりわけ美味しく味わえるのだ。りんごで偉人というと、私ならニュートン、ジョニー・アップルシード、最近ではスティーブ・ジョブズを連想するが、著者は、りんごを食べてはその向こうにいる研究者やりんご農家にも思いを馳せ、取材をして、日本で今頑張っている人々の姿を浮き彫りにする。果肉も紅(あか)い「紅(くれない)の夢」は偶然が重なりあって生まれた品種で、一生懸命に育てている人にもたらされる出来事を、果樹の世界では〈ミツバチのいたずら〉〈神様がくれたプレゼント〉と言うそうだ。元気をもらえるエピソードである。
 きき酒ならぬ、ききりんご。いろんな品種が続々登場して、どれも食べたく……そう、ききりんごしてみたくなる。りんごに夢中な著者のワクワク感が、文章を通して伝わってくるのだ。
 何気なく買ってはシャクシャク食べていたりんごが、こんなに奥深かったとは! 本書を読み、私はこの七月、スーパーで「旬」と書かれた南半球の「ジャズ」に目を留めた。そしてこれから、日本のりんごの季節が楽しみである。

青木千恵

あおき・ちえ●フリーライター、書評家

『ききりんご紀行』

谷村志穂 著

発売中・集英社文庫

本体580円+税

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