青春と読書 本の数だけ人生がある ─集英社の読書情報誌青春と読書 本の数だけ人生がある ─集英社の読書情報誌

今月のエッセイ/本文を読む

水谷竹秀 『だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人』

[今月のエッセイ]

ロスジェネの憂鬱

 政府が今年六月に閣議決定した骨太の方針に、「ロスジェネ」と呼ばれる就職氷河期世代の就業支援策が盛り込まれた。正規雇用を希望する非正規労働者や無職の人、ひきこもり状態にある人ら約百万人を対象に、三年間で正規雇用を三十万人増やす目標を掲げているという。この報道を知った時、今さら感が否めなかった。有識者の間でも「手遅れ」といった批判の声が挙がっていたが、私が取材した、タイにいる彼らには手遅れどころではなく、支援の手はまったく届かないだろう。南国の空気に浸っている彼らは、政府の発表すら知らないのではないか。
 今回文庫化されることになった『だから、居場所が欲しかった。』の舞台は、タイの首都バンコクにあるコールセンターである。といっても働いているオペレーターは、取材当時三十代半ばから四十代半ばだった日本人。バブル崩壊後の「失われた十年」に社会に出た、まさしく「ロスジェネ」世代である。
 コールセンターの主な業務は、日本の通販会社あてにかかってきた電話の応対だ。日本にいる読者の方々が、何気なく通販の電話番号にかけてみると、電話越しの相手はバンコクにいる、ということが現に起きているのである。彼らは高層ビルの一室に並ぶ長テーブルに座り、ヘッドセットをつけ、パソコンのモニター画面をみながら、キーボードを叩いている。その光景はさながら日本のオフィスにいるようだ。ところが月給は三万バーツ(取材時のレートで約九万円)で、バンコクの物価水準を考えれば生活は十分できるが、現地の在留邦人社会では「最底辺」に位置づけられていた。時には冷淡な視線も浴びせられる。
 オペレーターたちも自分の立ち位置を自覚しているため、取材は一筋縄ではいかなかった。打診しても断られるのはしばしばで、しかも、業務内容には守秘義務があったため、メディアは尚更警戒される。さらに在留邦人社会ともほとんど接点がなかったため、コールセンターはあたかも陸の孤島と化していた。
 そんな条件下で、バンコクで働く人たちに手当たり次第当たっていき、最初に辿りついた取材協力者が、三十代半ばの女性だった。彼女は夜の繁華街でアジア人の男娼を買って妊娠してしまい、中絶するか否か悩んでいると打ち明けてくれた。取材初日からそんな話が飛び出したため、あまりの衝撃の強さに、彼女のことが頭から離れなくなった。
 私はデビュー作『日本を捨てた男たち』(集英社文庫)で、フィリピンパブにハマり、女性たちを追い掛けて南国に足を踏み入れ、無一文になってしまった男たちの顚末を描いた。ところが、私がバンコクで出会った日本人女性たちはその逆で、男にハマって散財してしまったのだ。しかも同じような女性がコールセンターには複数いるという。さらに取材を進めていくと、そこには非正規労働者や派遣切り、転職に次ぐ転職、いじめ、借金苦、LGBT(性的少数者)など、様々な理由から日本社会に居場所を失い、バンコクに活路を見出したロスジェネ世代が集まっている実態が浮かび上がってきた。
 得てして取材相手は、心の闇や暗い過去を抱えているので、話を聞かせてもらう際には、かなり神経を使った。取材が終わった後、お礼のメールをしても返事がこなかった時には、色々と聞いたために気分を害してしまったのだろうかと、心配で仕方がなかった。当時の住まいはフィリピンだったため、取材のためにバンコクまで何度も足を運んだ。取材協力者探しにも行き詰まり、なすすべがなくなってコールセンターの前で待ち伏せし、直撃したこともある。取材の途中で「やっぱり書くのをやめて欲しい」と懇願され、それまで聞いた話を原稿からばっさり削ったこともある。
 振り返れば最初は時代や流行に流されていた。というのも、取材を始めた二〇一二年秋ごろ、ちょうど若者の海外就職が新聞などで話題になり、ちょっとしたブームを巻き起こしていたからだ。そこに安易に乗ってキラキラしている若者たちを取材してしまったのがそもそもの間違いだった。話を聞いても切実さが伝わってこない。一方、バンコク在留邦人社会において、その存在が腫れ物に触るかのように扱われていたコールセンターについては、謎のベールに包まれたまま。働くのは一体どんな人たちなのか。どういった経緯でコールセンターへ辿りついたのか。幸せな海外生活を送っているのか。次々と疑問が湧いてきた。身近にあるのに、手の届く範囲にそのテーマが眠っているのに、放置されている。実はそういうテーマこそが、ノンフィクションには最も相応しいのではないかと、今回の取材を通じてあらためて感じた。
 そうした紆余曲折を経て取材には五年を要した。本書に収められたのは恐らく二割ぐらいだろう。しかし、残りの八割があってこその二割である。一見無駄に思われる八割がなければ、この本は完成しなかった。
 難産だったからこそ本作への思い入れも強い。なにより私自身がロスジェネだったから、紙一重の確率で、冒頭の就業支援策の対象になっていたかもしれないのだ。

水谷竹秀

みずたに・たけひで●ノンフィクションライター。
1975年三重県生まれ。カメラマン、フィリピンでの新聞記者などを経てフリーに。著書に『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』(開高健ノンフィクション賞)『脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち』がある。

『だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人』

水谷竹秀 著

集英社文庫・発売中

本体650円+税

購入する

  • twitter
  • Facebook
  • LINE

TOPページへ戻る