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巻頭エッセイ/本文を読む

島田雅彦 『君が異端だった頃』

[巻頭エッセイ]

『君が異端だった頃』スピンオフ

 前の東京オリンピック当時の記憶はほとんどない。その頃、住んでいた世田谷の家の周辺の道はまだ舗装されておらず、雨の日には水溜りができた。公園や神社で遊んだが、転ぶと手足が真っ黒になった。世田谷は都心に野菜を供給する近郊の農地で、表土に黒土を入れていたからである。安保反対を叫ぶ声は世田谷の住宅街にも響いていた。
 私は初孫だったので、祖父母や叔父叔母には甘やかされ、何かというと、一歳年長の徳仁(なるひと)親王と比較された。若い皇太子ファミリーを高度経済成長期の理想の家族像と印象付けようとするメディアによって、天皇制民主主義は社会に定着しつつあった。私は否応なく「ナルちゃん」を意識することになったが、彼と較べて自分は恵まれていないと思ったことはなく、彼は将来、天皇になり、自分はアーティストになるのだと漠然と考えていた。奇しくも、「ナルちゃん」が天皇に即位した年に、私は自分の小説家修業の一部始終を振り返っていたことになるが、薄い因縁があったのかもしれない。

 私の幼少期の記憶は鰻とともにある。極端に偏食だった私は天丼の衣とご飯だけ食べ、海老を残し、豚カツも衣しか食べず、すき焼きはしらたきと豆腐しか食べず、寿司はタコとイカとかんぴょう巻とタマゴしか食べなかった。普段は白いご飯と海苔、古漬キュウリ、もしくはざるそば一枚という地味な食生活に甘んじていたが、それではロクに栄養を摂取できないと祖父母は心配し、鰻重の出前を取って食べさせたところ、珍しく完食したので、それ以来、「パンダに竹」、「コアラにユーカリ」、「雅彦に鰻」となった。江戸っ子の祖父はそんな私を面白がり、浅草の老舗鰻屋によく連れて行ってくれた。少年時代にあまりに鰻を食べ過ぎたせいか、しばらく食べずにいたが、稚魚の不漁により鰻が食べられなくなる不安から最近はしばしば鰻屋の暖簾をくぐる。プルーストにとってのマドレーヌは、私の場合は鰻ということになる。炭火での焼け目の香ばしさ、脂と混じったタレの甘辛さ、山椒の痺れる風味、口に入れるとフワッと溶ける舌触りに触れるたびに、私は祖父の江戸っ子訛り、浅草の怪しい雰囲気、幼年時代の漠然とした憂鬱がまざまざと蘇る。

 体育が苦手だったのは小学校低学年までで、三月生まれのハンディを克服して以後はそこそこ活躍できるようになった。痩せっぽちではあったが、ひ弱ではなかった。だが、中学時代の体育教師との相性の悪さから、体育系の部活動を拒み続けた。体罰、しごき、先輩への服従、根性論、かつての部活動を支配していた擬似軍隊様式の一切を受付けなかった。中学時代は科学部、自然愛護部、高校では文芸部、大学では美術部とオーケストラと、一貫して体育を拒んできた。私が比較的熱心に取り組んだ体育種目は、柔道、登山、器械体操、社交ダンスくらいのもので、「運動は体に悪い」という持論に固執していた。私が野球、水泳、乗馬を嗜(たしな)むようになったのは物書きになってからである。座業の宿命としての運動不足は、もっぱら徘徊、はしご酒、セックス、そして、激しい貧乏ゆすりと寝返りで解消してきた。今のところ健康に大きな問題はなく、最近、ラジオ体操も始めたので、若い頃の予想よりも長い寿命を確保できるだろうが、その前に自暴自棄になる可能性もあり、未だ予断を許さない。

 レイアウト次第で自分の部屋の雰囲気は変わるし、盛り付けも料理の味を左右する。囲碁や将棋では石や駒の置き場所が勝負を分ける。旅は自分の置き場所を変える試みで、文化や環境が全く異なる土地にストレンジャーたる自分をどうレイアウトするかを考えなければならない。礼儀正しくタッチ&ゴーしてくるか、恥を搔き捨ててくるか、異分子として排除されるか、自信喪失するか、カメレオンよろしく周囲に溶け込む努力をするか、他者の心に忍び込み、影響力を行使するか、レイアウトの仕方次第で旅は、観光にも、巡礼にも、適応にも、侵略にもなり得る。
 旅をやめた途端、もう一人の自分の影が薄くなり、やがて安直な自画自賛がはびこる。旅をやめた日本人は「日本のここがすごい」などといい出す。私は本当に落ち着きなく旅を繰り返してきたお陰で、今日まで「日本すごい」の合唱に加わることなく、異端のままでいることができてよかったと思う。

 ヴィオラ独奏のある楽曲は、ベルリオーズの交響曲『イタリアのハロルド』、リヒャルト・シュトラウスの交響詩『ドン・キホーテ』、バルトークのヴィオラ協奏曲、ショスタコーヴィッチのヴィオラ・ソナタなど限られているが、どれもよく聴き込んでいた。聴き慣れたシンフォニーでもなかなか内声部の音が聞き取れないが、自分で弾いてみればよくわかるだろうと、オーケストラではヴィオラを選んだ。徳仁親王の真似をしたわけではない。オーケストラの中では目立たず、リズムの刻みばかり受け持っているので、やや差別的なヴィオラ・ジョークというものもあって、いじられやすいパートだが、私はヴァイオリンの自己主張の強さやチェロのセンチメンタルな音色が苦手で、女性の鼻にかかった低い理知的な声に似たヴィオラの音色を偏愛していた。自分の作品の語り口もまた、ヴィオラのように中庸を保っていたい。

 小説には自らの欲望と体験を反映させるので、殺人犯、逃亡者、歴史上の人物、恋狂い、ファムファタール、どんな人物を描いても、多少は私小説的要素は入る。だが、『君が異端だった頃』はこれまでで最も私小説の純度が高く、九割以上は事実に基づいている。なぜ事実にこだわったかといえば、政治と報道によって、事実が隠蔽され、歪曲され、捏造される時代に再び放り出されたからである。
 事実を語らなければ、裁きも受けられない。誰も噓をつかないという前提があってこそ、法は機能する。だとすれば、今日、私たちは戦時下と同様、法が意味をなさない恐ろしい世界に暮らしていることになる。多くの裏切り者を無罪のまま放置していることになる。本来、上手に噓をつく技を競うのが小説家であるが、あえて自分に関わる事実を包み隠さず書く技も勇気も持っている。恥多き人生を赤裸々に語ること、それは巷(ちまた)にはびこる下手な噓つき、自分が噓をついている自覚すらない連中の厚顔無恥よりも百倍道義的である。

島田雅彦

しまだ・まさひこ● 作家。
1961年東京都生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒業。在学中の1983年に『優しいサヨクのための嬉遊曲』でデビュー。著書に『夢遊王国のための音楽』(野間文芸新人賞)『彼岸先生』(泉鏡花文学賞)『退廃姉妹』(伊藤整文学賞)『カオスの娘』(芸術選奨文部科学大臣賞)『虚人の星』(毎日出版文化賞)『徒然王子』『悪貨』『英雄はそこにいる』『傾国子女』『ニッチを探して』『暗黒寓話集』『カタストロフ・マニア』『人類最年長』等多数。現在、法政大学国際文化学部教授。

『君が異端だった頃』

【島田雅彦 著】

8月5日発売・単行本・集英社刊

本体1,850円+税

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