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長い時間をかけて連作短編なんてものを書いているとやっぱり、そこに登場するキャラクターたちに、思い入れなり愛着なりがわいてくるものです。馬鹿な子ほど可愛いとはよく言ったもの、その子が長い間、静止画像よろしく立ち止まってぴくりとも動かず、私をどれほど手こずらせ困らせ焦らせたか、なんてことは綺麗に忘れてしまいます。そして、もう一度この子たちを活躍させてあげたいなあ、なんて考えてしまうのです……ついうっかりと。 一冊の本の中におさめられている物語とは、作者の創造世界のごく一部分を切り取ったものに過ぎません。現実に於いてもそうであるように、物語は、そして人物の歴史は、前後にも左右にも、ありとあらゆる方向に広がっているのです。 小説を読んでいるとき、この登場人物はどんな子供時代を送ってきたんだろうとか、両親はどんな人だったんだろうとか、ふと気になることがあるかと思います。もしその本の作者なら、あれこれ想像していくうちにまた別の物語ができ上がるかもしれません。 『レインレイン・ボウ』にしても、少なくともきっかけはそうでした。『月曜日の水玉模様』を書き終えてからも、「ヒロインの陶子ちゃんは今頃どうしているかな」とか「萩君とはその後、うまくいってるのかな」なんて、ご無沙汰気味の友達のことでも思っているように、ふと考えている自分がいました。そしてあれこれ考えていくうちに、なぜか、陶子の高校ソフトボール部時代のメンバーたちが、無性に気になり始めたのです。 彼女たちはいったい、どんな女の子だったんだろう? そして今、どうしているのだろう、と。 そういう話を担当さんにしたところ、「ぜひ書いて下さい」という力強いお言葉をいただきました。それで調子に乗った私は、「『水玉模様』は一週間だったから、同じ七で今度は虹なんてどうでしょうね?」などと口走っていました。ううん、我ながら安直きわまりないなあ……。 たいていの場合、作品の構想はこうしたいい加減、じゃなかった、ちょっとした思いつきからスタートします。 スタート当初から、私はこのシリーズに『虹物語』というタイトルをつけていました。コンパクトですっきりしていて、地味な中にも華やぎがあって、けっこういいタイトルじゃんと、すっかり自分の中では定着し、馴染んでさえいました。ところがいざ一冊にまとめるという段になって、夫からの思いがけない一言が。 「それと同じタイトル、なんか聞いたことがあるぞ」 調べてみたら、ガーン、やっぱりありました。志水辰夫氏で、しかも同じ集英社。 あの志水辰夫氏と同じ題名を思いつくなんて、私のセンスもなかなかのもの……なんて喜んでいる場合じゃありません。まったく同じだなんて真似しーみたいでいやですし、読者様や書店さんに対しても、余計な混乱の元になりそうです。といって、たとえば『虹ものがたり』みたいに一部を変えるのも、馴染みきっていただけに違和感があります。 そもそも、こうしたバッティングが起きたのは『虹』という名詞を含む書籍があまりにも多いせいなのです。それだけ読者のイメージを喚起しやすい言葉だからなのでしょうが、ためしにネットで検索してみると「どわーっ」と叫びたくなるほど『虹』がらみのタイトルが引っかかってきます。第一、私だって既に一冊書いていますし(一応宣伝しておきますと、『虹の家のアリス』文藝春秋刊)。 「小説すばる」で連載を終えたとき、「カーテンコール」というコーナーでエッセイを書かせていただいたのですが、そのタイトルが『永遠の虹色』でした。 「それでいいじゃないか」 と夫には言われ、自分でも半ばその気になっていたのですが、考えてみれば『永遠』のつくタイトルだって目白押しなんですよね。ここで敢えて並べ立てはしませんが、「青春と読書」に目を通されているような方でしたら、たちどころに3、4作は挙げられるかと思います。もちろんネットで検索すれば、ものすごい数のタイトルが、『永遠』『永遠』と並ぶことになります。 そこで私は、『虹』からも『永遠』からも、きれいさっぱり決別することにしました。そう決めてから、いきなり浮上してきたのが最終的なタイトルの『レインレイン・ボウ』でした。 「何じゃそれは。わけがわからん」 という声が聞こえてきそうですが、私はここで力強く断言しておきましょう。 「タイトルとは、慣れです」 いないいない、ばあ、みたいな感じで発音していただけると、けっこう可愛いのでは、と。 |
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【加納朋子さん】
福岡県生まれ。 1992年『ななつのこ』(鮎川哲也賞)でデビュー。著書に『ガラスの麒麟』(日本推理作家協会賞短篇および連作短篇集賞)『月曜日の水玉模様』『沙羅は和子の名を呼ぶ』『虹の家のアリス』『コッペリア』等。 |
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【加納朋子さんの本】
単行本 集英社刊 11月26日発売 定価:本体1,700円+税 ![]() |
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