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「要らんことばっかし気がつく」「なのに、肝心なことはスッポ抜けている」と、小学校にあがる前からさんざん言われてきた私であるが。 「水泳帽が美男美女殺し」であるのに気づいたのは、小学校にあがってからだった。 幼稚園までは、近くの小学校の幼児用プールでぱしゃぱしゃしていたけれど、その頃は水泳帽をかぶらなくてよかったのね。 何より幼稚園児の頃はまだ、「あの子は可愛い」「あの子はブサイク」といった認識がちゃんとできてなかった。 自分が可愛いとも可愛くないとも、思っていなかった。信じることも、疑うこともなかった。なのに、要らんことばっかし気がついて、肝心なことはスッポ抜けていたのだ。 ともあれ小学校に入れば、おおよそ自分がどの辺りに位置するか、薄っすらわかってくる。あの子とあの子は可愛いと、思い知らされるようにもなる。 その頃からだ。そんなにはっきり言葉にして考えたのではないが、私は自分の過剰な自意識が、ものすげぇ美人か醜いか、どちらかでなければバランスが取れないものであると感じ始めていた。 にもかかわらず、現実には極めて凡庸な容姿だというのが、大いに不服で不安になっていったのだ。 「私が〇子の顔だったら、可愛がってもらえるのに」「いっそ×美の顔だったら、もっと勉強に打ち込めるのに」。 そんなよろめく小学生のエポックメイキングとなったのが、水泳の授業だったのだ。 髪の毛をみんな押し込んで、頭にぴたりと張り付かせるあの水泳帽。美人、男前ほどマヌケ感を醸し出すではないか。 そうしてブス、ブ男の方がダメージが少ない分、逆に似合う雰囲気すら漂わせた。 最も無難にやり過ごせ、かぶりもの感もなしにスルーしてもらえるのが、そう、私のような地味な容姿の子だったのだよ。 さて。バルセロナオリンピックの水泳で金メダルを取った、当時14歳のK子さん。あんな怒濤の勢いで国民的アイドルになったのに、まるで勘違いもせず、渦中にいる時もその後も淡々としていた。 それは彼女が、愛嬌はあるが普通の容姿であったため、水泳帽をかぶっている時と脱いだ時との差異が、あまりなかったのも理由の一つでは、と推測される。 また彼女自身の自意識も、現実の容姿に沿うものであったと思われる。 だが、しかし。こっからが本題よ。ずいぶんと引っ張ったけどよ。バルセロナの次の次のオリンピックで、銀メダル取った後、「女優になります」と宣言した選手。あなたは覚えておられるでしょうか。 彼女は水泳帽をかぶった自分を水に映して、こりゃイケてると錯覚してしまったんじゃあないでしょうか……。 二人とも、私の好物といっては失礼すぎるが、好みのタイプ、なのである。私はこのような女達を書きたいのだ。地味女の諦念と野望とを描きたいのだ。 「要らんことばっかし気がつく」「なのに、肝心なことはスッポ抜けている」……これは、作家になったからこそ許される性質・性向であったなぁ。と、『邪悪な花鳥風月』を読み返して、静かに笑ってしまった。 |
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【岩井志麻子さんの本】
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【岩井志麻子さん】
1964年岡山県生まれ。 『ぼっけえ、きょうてえ』で山本周五郎賞と日本ホラー小説大賞をダブル受賞。著書に『淫らな罰』『偽偽満州』『ぼっけえ恋愛道――志麻子の男ころがし』『悦びの流刑地』等。 |
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