青春と読書

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 姜尚中著
 『悩む力』


 悩みと漱石とウェーバー
                                   永江朗

 いつのまにか私たちは、ものごとをプラスとマイナスの二つに分別し、マイナスのものを避けるようになった。たとえば老い。年齢を重ね、経験を積むことの素晴らしさには目をつぶり、衰えていくことばかりが強調される。死は誰もがまぬかれえぬものなのに、それが間違いであるかのように忌み嫌われる。
 悩むことについても同様だ。悩むこと、悩みのある状態を、とてつもなく不快で不幸な状態であるかのように考え、なにがなんでも避けなければならないと考える。だが、悩みから逃れようとすればするほど、悩みにつきまとわれ、私たちは苦しみもだえ、のたうつ。しかし、悩みのない状態がそんなに幸福か?
『悩む力』で姜尚中は、「悩む力」にこそ、生きる意味への意志が宿っているのではないか、と問いかける。徹底的に悩み、今を疑い、考えぬく。逃げない。苦しいけれども、悩むことでしか、悩みを超える道は見つからない。
 ここで姜尚中が補助線にするのは夏目漱石とマックス・ウェーバーだ。えっ!と驚く。悩みと漱石とウェーバー。手術台の上のミシンとこうもり傘の出会い、というほどシュールではないけれども、しかし意外な取り合わせだ。明治日本の文豪とプロイセン/ドイツの社会学者。だが、共通点は多いと姜尚中は言う。ほぼ同時代人であり、外国の進んだ文化に触れた後進国の知識人、というところも同じ。漱石もウェーバーも悩む人だった。そして、巨大な悩みに押しつぶされそうにたっていた若き日の姜尚中にとって手引きとなったのが漱石とウェーバーだった。現代の私たちと、漱石/ウェーバーが置かれた状況には似ているところも多い。
 本書は悩む人=姜尚中の内的青春記でもある。そしてここにはいまだ悩み続ける姜尚中の姿がある。「悩む力」は彼にとって現在進行形。だからこそ、ひとつひとつの言葉が、私たちの心の奥に響いてくる。もう、悩むことから逃げるのはよそう。
                (ながえ・あきら/フリー・ライター)



『悩む力』

集英社新書 2008年5月16日発売
定価:714円(税込)




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