青春と読書
唯川恵さんの最新短編集『愛に似たもの』が発売されます。「選択」「ロールモデル」など全8編が収められた本作で、唯川さんは独自の視点で女性の心の深奥をあらわにしていきます。著者自身が語る、その創作への想いとは!?

 この短編集の主人公は30代半ばの女性たちです。これくらいの年齢になると結婚、出産、仕事などの選択のしかたが人それぞれで、それによって生活もまったく違う。自分が手にしているものと手にしていないものがはっきり見えてくる時期になります。中でも自分が手にしていないものにとらわれがちで、「こんなはずじゃなかった。私の人生はこれで正しかったの?」と思う人が多いような気がします。
 例えば「選択」の広子。優等生だった彼女はエリート商社員と結婚するものの、夫が左遷されたため、現在はパート仕事と姑の介護に追われる日々。知り合いの近況を聞くにつけ、子どもがいないことや経済的な苦しさが気になって「結婚を間違えたとしか思えない」と考えている。
 また「ロールモデル」の理美は美人で聡明な同級生の藍子をお手本にして、就職も結婚も決めてきた女性。藍子の夫が突然亡くなったことで、一度はふたりの立場が逆転するのですが、やがて理美は藍子が新しい仕事や恋人を得たことを知ってがく然とします。
 広子も理美も、幸せになるためにずっと努力してきたと考えています。だから、他人と比較して自分の生活がうまくいっていないと感じると、理不尽に思うんですね。「ちゃんと努力したのになぜ?」と。
 この年代の女性は、真面目で一生懸命な人が多いのではないでしょうか。彼女たちは受験や就職と同じように、幸せも努力すれば何とかなると思っている。反面、努力することはできても、自分の足元を正確に見ることは苦手に感じる。そこに彼女たちの哀しさがあるような気がします。
 幸せになりたいと一生懸命なあまり、身近な人や以前の自分の生き方を教訓にしてしまうのが「真珠の雫」のサチや「教訓」の美郷でしょうか。
 サチは女の武器を利用して、水商売でのし上がってきた女性。外見も生活ぶりも地味な母や姉を軽く見ていて「自分は善良さだけが取り柄の彼女たちとは違う。美貌を生かして賢く生きていく」と考え、さまざまな策を巡らします。
 美郷は「平凡な結婚で人並みに幸せになる」と予想していたのに、気がつくと34歳。友人たちは次々に結婚し、子どもも産んでいる。だから彼女は顔見知りの男性から好意を告げられると「今度こそ成就させたい」と考えて、過去の失敗を繰り返さないように振る舞います。
 ふたりともひたむきだからこそ、自分なりの教訓を作るのですが、人生はマニュアル通りにいかないもの。失敗しないように気をつけていても将来何が待ち受けているかわからないし、「これが手に入れば幸せ」と思っていたものを手にしてもきっとほっとするだけなんですよね。あそこが頂上だと思っていても、その上にはさらに道が続いていて、また新たな目標ができてしまう。厳しいようでも、それが現実だと思います。 
  (一部抜粋)


【唯川恵さんの本】

『愛に似たもの』
単行本
集英社刊
9月26日発売
定価:1,365円(税込)
プロフィール

唯川恵
ゆいかわ・けい●作家。
1955年石川県生まれ。
84年『海色の午後』(コバルト・ノベル大賞)でデビュー。著書に『肩ごしの恋人』(直木賞)『今夜 誰のとなりで眠る』(本誌連載)『一瞬でいい』ほか多数。




BACK

(c)shueisha inc. all rights reserved.