青春と読書
 ――この度、『肩ごしの恋人』が文庫化されますが、この作品は直木賞受賞作でもあり、唯川さんにとっても特別な作品だと思います。この作品は、最初「鳩よ!」に連載されたものですね。
 ふつう、小説を書くときには、ある程度の展開を頭に置いておいて書き始めるんですけど、この『肩ごしの恋人』は、珍しく、結末をどんなふうにもっていくか全然考えずに連載を始めたものなんです。性格の正反対な二人の女の子を主人公にしようということぐらいは考えていたんですけれど、あとはまったく行き当たりばったりというか、毎月、その時々になにか面白いことがあったら、それをどんどん小説の中に取り入れていこうと。
 途中で高校生の崇が出てくるけれど、あれも突然出てきたんです。主人公の萌とるり子は、自分としても好きな二人だったので、あまり作らずに、掛け合い漫才的に二人に自由に会話をさせて、それを膨らませていくつもりだったのですが、なぜか、崇という男の子が出てきた。それから、ゲイの人も出てくるけれど、あれも、ちょうどその少し前に新宿2丁目に遊びに行ったので、こういうゲイ・バーを出してもいいかなと思って。そしたら、そこからまた別の出会いが生まれてきた。
 私の場合、主要となる登場人物は、大体最初に出てくることが多いんだけど、この話で割合要となってくるゲイのリョウが出てくるのは結構後のほうで、これからしても、最初に展開を考えていなかったという証拠なんです(笑)。
 こういうやり方というのは、連載の一つの醍醐味でもあると思い、ともかく先のことは決めずに書いていったわけですが、読んでくださった方もこういうふうになるとは思わなかったといってくれました。
 ともかく、一回一回自分でもどういう展開になるかわからなくて、それが書いていてとても面白かった。これに味をしめて、その後、同じ形で書いてみようかと思ったんですけれど、これほどキャラクターが自由に動いてくれるというのはない。そういう意味でも、やはりこれは特別な小説ですね。
 ――ここには萌とるり子という対照的な女性が登場します。
 私、実は最初、るり子が嫌いだったんです。美人で、気も強くて、生意気で。いつも損な役割をしているけれど、萌のように生きていくのが自然で正しいのよ、という感じにしようと思ったんですけれど、るり子がどんどん自分の主張を出していって、途中から、私もるり子がすごく好きになってきた。
 萌の視点のほうがリアリティのあるものが書けると思っていたのが、書いていくうちにるり子に説得されていくんです。「私のどこが悪いの?」って。自分でもそれは意外で、るり子と戦って、この子を痛い目に遭わせようと思っていたのが、彼女は本当にたくましくなって、最後は私がるり子に負かされてしまったなあという感じでした。
 るり子を批判することで、女は綺麗じゃないと生きていけないみたいな世の中の風潮を批判したかったんですけど、逆になってしまったわけです。それはたぶん、どこか自分の中に、るり子のように胸が大きくてスタイルのいい女になりたいという願望があったんだなと、改めて気づかされた(笑)。
 その分、萌はちょっと食われちゃった感じですけど。でも女性には、どこかにいつも自分と対比するもう一人の自分がいると思う。萌とるり子は別々の二人の女性ですけど、それは一人の女性が持ってる二つの面だともいえる。正反対の女性ではあるけれど、それぞれのキャラクターを読者がわかってくれるというのは、やっぱり読み手の人もそういう二つの面を持っているからなんだと思います。
 ――来年の二月には、「MORE」で新連載がはじまるそうですが。
「MORE」は読者層がはっきりしているので、その世代の女性に向けたものを書こうと思っています。
 基本的に、私は女性にとても興味があるので、ずっと女性を書いていきたい。で、女性を書くにはどうしても外せないものがありますね。仕事、家族、友情、そして恋愛も絶対外せない。そういう意味では、『肩ごしの恋人』も恋愛小説って銘打たれてますけど、決して恋愛だけじゃなくて、仕事のことも二人の友情のことも、家族的なことも書いているつもりなんです。それが、女性というものを書くということだと思うから。
 女って、意地悪くて優しいでしょ。そこがいいんですよ。よく男性が、女というのは、付き合っているときは天使のように優しかったのに、別れるときは悪魔のように怖くなるといいますけど、たしかに女性は自分でも気がつかない二つの面を持っていると思う。それが一番顕著に表れるのが恋愛なんです。こんなに好きなのに、こんなに憎んでしまう。それほどの感情の起伏の幅を見せてくれる恋愛というのはすごいな、と思いますね。
 若いときから恋愛を書き始めて、15歳の子を主人公にしたものから、今では40代後半くらいの恋愛も書いていることを思うと、本当に恋愛というのはそれぞれの年齢を書き込んでいけるジャンルだし、これからもどんな女性なり、恋愛なりを書いていけるか、とても楽しみですね。


【唯川恵さんの本】

『肩ごしの恋人』
集英社文庫
集英社刊
好評発売中
定価:630円(税込)

プロフィール

ゆいかわ・けい●作家。
1955年石川県生まれ。
銀行勤務を経て84年に『海色の午後』でコバルト・ノベル大賞を受賞。02年に『肩ごしの恋人』で直木賞を受賞。著書に『今夜 誰のとなりで眠る』『明日はじめる恋のために』『不運な女神』等多数。


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