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「ニューヨークタイムズ」紙の日曜版を楽しみにしていた時期がある。朝ゆっくり起き出して、散歩がてら近所のデリに出かけ、厚さ5センチもある新聞を抱えて帰る。中でもいちばんのお楽しみは、付録の「ニューヨークタイムズマガジン」に連載されているコラムだった。料理にまつわるエッセイでありながら、筆者アマンダ・ヘッサーと“ミスター・ラテ”というあだ名の男性との、ちょっぴりシャイな恋の行方を綴った日記でもある。 アマンダは29歳、ミスター・ラテは38歳。部門は違うものの、共にライターとしてニューヨークタイムズ社で働いている。共通の友人に紹介されてデートしはじめたばかり。仕事も私生活も順調ではあるけれど、それぞれに悩みや欠点もあれば、戸惑ったり失敗したりもする。そんな普通のニューヨーカーたちの恋愛事情、そして彼らの食卓風景が、飾らない素直な文章で綴られる。はじめてのデート。彼のために作る食事。彼が作ってくれる食事。ケンカ。仲直り。お互いの家族や友達とのつきあいかた――。当時まだニューヨークで暮らしはじめたばかり、そしてシングルだった私は、憧れと羨望、そして並々ならぬ興味をもってアマンダのコラムを読んでいた。しかも、毎回ついてくるレシピが実においしそうなのだ。熟したトマトとハムの入ったマカロニグラタン、手作りのブルーベリーパイ、具をたっぷり入れて煮込んだシチュー……。 その後、私もいくつかの恋愛を経て、結婚した。ある日、夫とグリニッジビレッジを散歩していたとき、小さな本屋を発見した。レジの脇に置いてあったのは、あのアマンダのコラムを一冊の本としてまとめたものだった。まるで旧友にばったり出会って“その後”を尋ねるような気持ちで、私はその本を一気に読んだ。それを今回、『アマンダの恋のお料理ノート』として日本の読者にもお届けできる運びとなり、とてもうれしく思っている。 先にも触れたが、『アマンダの恋のお料理ノート』には、等身大のニューヨーカーの日常がありありと描かれている。マンハッタンで働き、恋をし、食事に出かけ、友人と集う。有名シェフの高級レストランでごちそうを食べることもあれば、青空市場で旬の野菜を買って、友達と料理することもある。ニューヨークを訪れた経験のある方にも、あるいはいつか訪れてみたいという方にも、この本を通して、ひとつの“ニューヨーカーの眼から見たニューヨーク”を楽しんでいただけるのではないだろうか。 『お料理ノート』とあるように、本書にはおいしい料理のレシピもたっぷり収録されている。翻訳しながら私も食べたくなって、いくつか自分で作ってみた。 たとえば、アマンダの友人ポーラが作る「クランベリービーンズのグラタン」。イタリア風の生ベーコン、パンチェッタを入れたトマトソースで、歯ごたえを残して“アルデンテ”にゆでた豆をあえ、オーブンで焼く。私はこのレシピをアレンジして、グラタンにはせず、ベーコンと豆を入れたトマトソースで貝の形のパスタ、コンキリエをあえてみた。甘酸っぱいトマトとパンチェッタの旨み、豆とパスタの歯ごたえが楽しい、食べていてわくわくするような一皿になった。クランベリービーンズが手に入らなかったとき、硬めにゆでた白いんげんでやってみたら、これもおいしかった。 あるいは、ニューヨークでも随一のイタリアン・シェフ、マリオ・バタリのレシピをアレンジした「パンナコッタ」。これはレシピ通りに作ったらずいぶんたくさん出来てしまったので、半量をボウルに残し、冷凍庫に入れて凍らせてみた。途中で何度か取り出して泡立器で混ぜ、再び凍らせ……というのを繰り返したら、とてもクリーミーなジェラート風になり、パンナコッタと併せて2度楽しめた。 チキンサラダや、チーズと胡椒であえただけのパスタなど“普段着”メニューのレシピにも、鶏肉をしっとり仕上げるコツや、おいしくパスタをゆでるコツなど、役に立つヒントやアイデアが詰まっている。いろいろなレシピを集めただけでなく、あまり料理をしたことのない人にも作りやすいように、また料理好きの人には応用しやすいように、工夫して書かれているのだ。ただ読み物として楽しんでもよし、読みながらキッチンに立ち、ニューヨーカー風メニューのあれこれを味わうもよし、またアマンダのレシピをアレンジして、自分だけの『お料理ノート』に育てていくのもよし。一冊で何度もおいしい本と、自信をもっておすすめします。 |
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【渡辺葉さんの本】
アマンダ・ヘッサー 著 渡辺葉 訳 集英社文庫 集英社刊 好評発売中 定価:840円(税込) ![]() |
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【渡辺葉さん】
東京都生まれ。 9年半ニューヨークに住んだのち、現在はオレゴン州ポートランド在住。著書に『ニューヨークで見つけた気持ちのいい生活』『やっぱり、ニューヨーク暮らし。』等。 |
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