青春と読書
 正直いって、私自身、キャスター筑紫哲也を金看板とするTBS『NEWS23』をそうたびたび見るわけではない。が、本書「あとがき」に「十三年も番組を続け」てきたとあるのを見て、あらためて驚いた。そうか、そんなになるのか、という感慨が私なりにある。だとすれば、たびたびではなくとも、私も13年間、筑紫哲也の番組を見続けてきたことになるのだから。
 むろん、私はほかのニュース番組も見るし、ニュース番組のコーナーで何かちょっとしゃべらされることもあるから、私なりのニュースキャスター論はある。だから、キャスター筑紫哲也論だってあるけれども、ここでそれを開陳してみても仕方がない。本書そのものが筑紫哲也本人によるキャスター筑紫哲也論だからだ。少なくとも私はそう読んだ。
 だからこそ、本書に出てくるあれこれの事件や経験談が筑紫哲也的になまなましい光彩を放つのだし、本人が意図したかどうかはともかく、あの番組でニュースや人をさばいてみせるキャスター筑紫哲也の、テレビ画面では見られない正体的内面を、本書に読み取ることができると私は感じた。筑紫哲也の感性の何たるかはテレビ画面でもわかるが、この本は彼の体温さえ感じさせる。そこがおもしろい。
 たとえば、「私はオピニオンリーダーではない」と彼はいっている。「オピニオンリーダーとは『世論形成』に力がある人、方向を示す人のことだろう。だが自分がそうだという実感が私にはほとんどない」「ほとんどの問題について、私の発言やその表現の手法は、自分が『少数派』であるという前提、自覚の下で行ってきた」と。
 彼がなぜこう書いたかというと、さる新聞の世論調査で、筑紫哲也が「21世紀の日本のオピニオンリーダー」トップ10の第4位にランクされたからだという。ちなみに、第1位石原慎太郎、第2位ビートたけし。そのリストを眺めた感想は「オレはちがう」だったと彼は念を押しているのだが、そう念を押したい気持ちはよくわかる。
 そしてもちろん、正面きったニュースキャスター論もやっていて、マイク・ウォーレス、ウォルター・クロンカイト、ドン・ヒューイットらアメリカの代表的なニュースキャスター(向こうではアンカーマンというが)も登場するのだが、そこにも「オレはちがう」といった空気が漂っているところが、なかなか興味深い。
 とにかく、13年も看板番組のキャスターを務めてきたのだから、裏話や打ち明け話のたぐいはたくさんある。「テレビは『小泉首相』を作ったか」の自問自答、アメリカのクリントン大統領(当時)や中国の朱鎔基首相がわざわざ『NEWS23』に出た話、あの同時多発テロが起こった日の特番の内幕話など、ニュースキャスターならではというような話にはこと欠かない。
 だが、本書のヤマ場のひとつはおそらく、「TBSが死んだ日」の話だ。坂本堤弁護士一家がオウム真理教に殺害される直前に、TBSが坂本弁護士の未放映インタビュービデオをオウム幹部に見せていた事実が明るみに出た、あの一件をめぐる話である。キャスター筑紫哲也はこれを、痛恨、怒り、苦痛、自省……さまざまな心情を甦らせながら、率直に書く。
 この事件で彼は、一度は番組のキャスターを降りる決意をする。そのへんがどうなったのかは本書を読んでいただくしかないけれども、ただ、彼はこう記している。「負った傷は大きかった。払った代償もまた大きかった。……局内の人材があるいは挫折し、あるいは去っていったことに、正直言って愛惜の念を禁じ得ない。一方で、修羅場に遭遇して起きる人心荒廃の地獄も見てしまった」。
 彼自身が負った傷がいまは癒えたかどうかは、書いてない。が、ひとつ気になることがある。それは、いわゆる情報通の間に「筑紫哲也がテレビを辞めるらしい」あるいは「番組を降りるかもしれない」などといった話が流れていることだ。まあ、流説のひとつだろうとは思う。
 しかし気になって、本書の最終章をとくに念を入れて読むと、その最後に「私はどこまでこの軌道を歩むのか、歩めるのかはわからない」とあり、『お前はただの現在にすぎない』という本の題名と、「ショーは続けねばならない」というアメリカのショービジネスの決まり文句が「頭の中で去来する中で日々を送っている」というのだ。
 どう去来しているのかはよくわからないけれども、とにかく13年といえば、バブル崩壊後の「失われた10年」を中心にした転変の年月。私も似た世界でその年月を送ってきた。これからもご一緒にやれないだろうか。
(としかわ・たかお/ジャーナリスト)


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