青春と読書

 住民約4千人というコムーネ(地方自治体、市、町、村などのイタリア語)暮らしの私。北伊はベルガモ県の小さな町に住んでいます。当然、日本人居住者は私のみ。そのせいでしょう、ほとんどの人が、このジャポネジーナ(小さな日本女性)を知っている。163センチの身長は決して「小さく」もないのに、いつもこう呼ばれてしまいます。
 なぜか名前までもしっかりゲットされているというオソロシさ。町内でおつかいなどに出ると、突然、見知らぬオジさん、オバさんから声をかけられます。
 「あんた、タカコ、でしょ。タカコ、タカコ。知ってるよ、あんたのこと」
 そんなねえ、やたらと連呼しないでちょうだい。決して「もの覚えがいい国民」というわけじゃないのに、なんだっていうの? 正直なところ、タカコ、タカコの連発には、内心ムカッとするときだってありました。が、相手の悪気のない笑顔には、いつだってお手上げ。小心者の弱さ、悲しさ、
 「シ、シ。ソノ タカコ(そう、そう。私、タカコ)」
 などと、ドルチェ(甘〜い)笑いを返すしかありません。
 なぜ、イタリア人に、「タカコ」の名前がそれほどインプットされやすいのか? それはトホホホ、の理由によるものだったのです。
 「ン!? タ・カ・コ? あ、そっかー。macaco(マカコ)と覚えとけばいいんだナ」
 「マカコ」とはイタリア語で「猿」の意味。特に、ニホンザルなどのマカク属の猿を表わします。加えて、比喩的な表現として、「薄のろ、バカ、ぼんくら」の意味があるんですって。私がそれを知ったのはけっこう最近のこと。ウッ、まるで私そのものじゃないかぁ。妙に納得。
 しかし、マカコ、いやタカコは今や、名前のみではなく、けっこう話題のヒト。それは、次のことがらによるからです。
(1)ワープロ、パソコンはおろか、ケイタイも持たないITアレルギーの日本人。
(2)イタリア人でさえ毎回は作らなくなったピッツァやニョッキをいつでもハンドメイド。
(3)「いくらなんでも……」というくらいの大食い。1キログラムのパネトーネをひとりでたいらげた記録保持者。
 (1)と(3)は、まったくもって「マカコ」モード。イタリア語では、「Che(ケ) Vergogna(ヴェルゴーニャ)!(恥を知れ!)」がピッタリでしょう。
 が、(2)に関しては、エヘン! 私、けっこう自信あり。クッフッフー、イタリア人よりも上手に作れるのよー、と豪語しちゃいます。
 たとえば、ピッツァ。以前は紛から練っての生地作りをしていたのに、昨今は市販品を求めるシニョーラ(奥さん)がやけに多い。つまり、パン屋などで生地を求め、トッピングだけ自宅、というパターンです。そこで私、パン屋でなんか、わざと言ってやる。
――エーッ、生地、作らないのォ、自分で?
――面倒だもん。タカコ、作るの?
――もっちろ〜ん。決ってるじゃな〜いっ。
――マンマ ミーア!(なんてこと!)イタリア人よりイタリア人みたい!
 粉を練り捏ね、何回も打ち叩いて作るピッツァ生地。イタリア料理のなかでは、手間ヒマを要する一品かもしれません。なぜって、他の料理は、もっともっと手早くできてしまうのが常。「イタリア料理は世界一カンタン」と断言できるゆえんです。
 カンタンながら、これまた世界一おいしいのがイタリアの家庭料理。まちがってはいけません。レストランではなく、あくまでも「家庭」の料理です。
 それは、旬の食材を生かしたシンプルなレシピによるものだから。料理するマンマたちが、アモーレ(愛)をこめて作るから。この国では、フツーの家庭のフツーの料理ほど絶妙な美味しさがあるという事実に、私は大きな幸せを感じてなりません。
 私が毎日作る料理も、いつも家庭の味ばかり。すべて、この国のマンマたちから教えてもらいました。そんなレシピの数々が登場の拙著、『イタリア幸福の食卓12か月』が文庫化されました。他の拙著からもレシピを活用してくださっている群ようこさんの解説つき。これがもう、「ブラビッシマ!(すばらしい!)」の一語につきる内容なのです。
 ……シンプルで家庭的な度合いが強ければ強いほど、イタリア料理の味が冴えるのではないかと思った。(「解説」より)
 わーん、群さ〜ん、そのとおりなのよォ。バッチョ、バッチョ(キス、キス)。イタリア人のように、飛んで行って両頬にキスしたい心情です。
 おいしさいっぱいの写真の数々は、イタリアを撮らせたら今や日本人でいちばんの木村金太カメラマンによるもの。「解説」と写真のみでも充分に「食の幸福」を味わっていただけることでしょう。



 

【タカコ・H・メロジーさんの本】

『イタリア 幸福の食卓12か月』
集英社文庫
集英社刊
好評発売中
定価:本体533円+税


プロフィール

タカコ・H・メロジー
●東京都生まれ。
女性誌等のライターとして活躍。'86年よりイタリア在住。著者にイタリアを描いた『イタリア幸福の12か月』『フェラーリ家のお友だち』等。



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