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――瀬戸内さんが『瀬戸内寂聴訳 源氏物語』を出版なさったのは6年前のことでした。250万部も売れて、たちまち源氏がブームになったのですね。 瀬戸内 それでも、もっとたくさんの方に『源氏物語』を知っていただきたい。若い女性はもちろんのこと、お年寄りにも男性にも、すべての日本人に。そこで今回、『源氏物語』の入門編とも言うべき『痛快!寂聴源氏塾』を書いたのです。 ――挿絵には大和和紀さんの漫画『あさきゆめみし』が使われています。瀬戸内さんと大和さんのコラボレーションも話題になりそうです。 瀬戸内 10代や20代の女の子と話していると、時々ものすごく『源氏物語』に詳しい人がいるのですね。六条御息所や雲居雁なんて、むずかしい登場人物の名前もすらすら言えるものだから、「どうやって『源氏物語』を読んだの?」と尋ねると、たいていが大和和紀さんの『あさきゆめみし』を読んで覚えたというのですね。だから、若い世代に源氏の面白さを伝えた大和さんの功績はひじょうに大きいと思います。今回、漫画を使わせていただいて、本当に感謝しています。 ――『源氏物語』の魅力といいますと? 瀬戸内 『源氏物語』は、日本が世界に誇る文化遺産であると私は考えています。 長編小説というと、トルストイやドストエフスキーの作品を挙げる人が多いのですが、彼らの作品は書かれてからまだ100年しか経っていません。『源氏物語』は1000年も前に書かれ、現代に至るまで読み継がれてきました。そんな小説は世界中のどこを探しても他にはありません。 それなのに、私は以前、外国人のジャーナリストから「なぜ日本のビジネスマンは『源氏物語』を読んでいないのですか?」と質問されたことがあるのです。海外のインテリたちは日本人を理解するためには『源氏物語』を読まなくてはと、アーサー・ウェイリー訳の『源氏物語』を読んでから来日するそうです。ところが日本人の政治家や経営者たちに「光源氏という男性は……」と話しかけてもチンプンカンプンだというのです。イギリスのインテリなら誰でもシェイクスピアを読んでいるというのに、日本人は自国の名作を読んだこともないのですから恥ずかしいではありませんか。 でも、こんなことを言わなくても、読んでみればとにかく理屈ぬきに面白い。なんといっても華やかな生活をしている人たちの恋愛や不倫の話なのです。ゴシップっぽくて楽しいじゃありませんか(笑)。 ――瀬戸内さんが最初に『源氏物語』を読んだのは、おいくつの時ですか? 瀬戸内 13歳の時に、女学校の図書館で与謝野晶子の訳を見つけて読み始め、たちまち夢中になりました。『源氏物語』は中学生でも十分に楽しんで読むことができるのだということを、私は自分自身の経験で知っています。 しかし、現代では子どもたちの国語能力がひじょうに低下しています。30年前に発表された時には「読みやすい」と定評のあった円地文子さん訳の『源氏物語』でさえ、読むのが困難になっているようです。私は子ども向けの『源氏物語』も書いているのですが、それを大人が読んで「面白かった」と感想を寄せてくる時代なのです。もちろん子ども向けの本ですから「宇治十帖」は削ってあるんですけれどね(笑)。 ――日本人の国語能力が低下したのはなぜだとお考えですか? 瀬戸内 やはり学校教育に問題があると思います。国語の授業を減らそうという動きがあるようですが、馬鹿じゃないかと思いますね。むしろ増やすべきなんです。特に朗読の授業を重視していただきたい。そうすれば日本語の美しさが理解できます。日本語の美しさに気づけば本に興味が湧いてきます。 私の幼いころは、国語のことを「読み方」と言いました。まず読んだものです。今の若い人たちだって、たとえばこのあいだ芥川賞を受賞した金原ひとみさんや綿矢りささんも、子どものころから随分と本を読んでいるそうですね。平野啓一郎さんも家にある本を片っ端から読んでいたそうです。子どものころから読む習慣をつけることが大切だと思いますね。 ――『源氏物語』を読んだことのある人にとっても、『痛快!寂聴源氏塾』は新たな発見があって楽しめますね。たとえば『源氏物語』の主人公は光源氏だと思っている人が多いのではないでしょうか? 瀬戸内 『源氏物語』は光源氏の周りにいる女君たちが本当の主人公であって、私に言わせれば光源氏は狂言回しです。貞淑な紫の上や嫉妬に狂う六条御息所、スリリングな不倫を続ける朧月夜など、いろいろな女性が出てきますから、今の自分の気持ちにピッタリくる女性が必ずいるはずなんです。 私は昔、明石の君に憧れていたのですが、そのうちに六条御息所がいなくては『源氏物語』は味気ないと思うようになって、最近では朧月夜が面白いと思っています。なにしろ40歳を過ぎても源氏と関係を持っていたというのですから。当時の40代といえば、今の70代ですから、これはなかなかなものです(笑)。10代、20代、30代と読む時期によって楽しみ方が違ってくるというのも、『源氏物語』の魅力だと思います。 結局、恋愛というのは1000年前も今も一緒だということなんですよ。恋をした途端に苦しみが始まる。男性が女性心理を知る上でも、『源氏物語』以上の教科書はないでしょう。 ――『痛快!寂聴源氏塾』では、紫式部についても詳しく知ることができ、『源氏物語』の面白さがグンと広がりました。 瀬戸内 私が『源氏物語』を素晴らしいと思う理由のひとつに、作者が女性の紫式部だということがあります。藤原道長という大パトロンがいたとはいえ、才能がなくてはこのような大作を書けたはずがありません。1000年も前から職業婦人として自立していた女性がいるというのは、日本人として誇らしいじゃありませんか。 ――『源氏物語』は、歌舞伎や新作能にもなり、瀬戸内さんが台本を手がけておられるのですね。 瀬戸内 歌舞伎では今春海老蔵を襲名する市川新之助さんが光源氏を、新作能の「夢浮橋」は梅若六郎師が上演してくださり、いずれも大好評だったんです。確かに新之助さんの光源氏は見ているだけでも美しいけれど、『源氏物語』を読んでいるかどうかで舞台の楽しさはまったく違うはずなんです。今年の9月に海老蔵襲名披露公演として名古屋で新作が公開されますから、今度の本を読んでからぜひご覧下さい(笑)。 先日、私の訳した『源氏物語』を読んで、小学校5年生の女の子がファンレターをくれました。お誕生日におばあさんが買ってくれたそうです。我が家では親子3代で『源氏物語』を廻し読みしていますという内容で、嬉しかったです。親子で「私は紫の上が好きだ」とか、「あんな女になっちゃいけないよ」とかいった会話ができるなんてステキじゃありませんか。そういうふうになってほしいんですよ。 日本が世界で尊敬されるには、いくら経済力があってもダメなのです。やはり文化の力しかありません。日本が世界に誇りうる『源氏物語』を一人でも多くの方に読んでほしい。『痛快!寂聴源氏塾』には、私の「文学の力を21世紀につなげたい」という想いがこもっているんです。
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【瀬戸内寂聴さんの本】
単行本 集英社刊 3月26日発売 定価:1,890円(税込) ![]() |
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【瀬戸内寂聴さん】
徳島県生まれ。 著書に『夏の終り』(女流文学賞)『花に問え』(谷崎潤一郎賞)『白道』(芸術選奨文部大臣賞)『場所』(野間文芸賞)『寂聴 仏教塾』『瀬戸内寂聴の新作能 蛇 夢浮橋』等。 |
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