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放浪癖・・・とまではいきませんが、都会で暮らしていた頃はよく一人でふらりと旅に出ることがありました。それほど長い期間ではなくても、自然に囲まれたところにひと時身を置くだけで心が満たされて、また日常へと戻っていくことができたのです。そんなことを続けているうちに、いつ頃からでしょうか、自分が本当に自分らしく心地よく暮らせるところはやはり自然に近い、土に近い場所ではないかと思うようになりました。 夢見がちな気持ちで想いばかりふくらみ、手探りできっかけを探していた2000年の秋、昔の知人が脱サラして鳥取県へ移り住み、貸し別荘を営んでいることをふと思い出し、訪ねてみたのが今いる「ここ」、鳥取県の智頭町という小さな町の、これまた小さな山村集落、板井原という場所に出会った最初です。それまで見たことも聞いたこともないところでしたが、雨上がりのまぶしい木々の中にそっとたたずむ集落を見たとき「あぁ、ここに住んでみたいな」と思いました。それからいくつかの経緯があって、2002年の春、その場所に「野土花」という喫茶店を開くことになったのです。 人里離れた小さな村でのんびりと……なんていう暮らしを想像していましたが、思いがけずたくさんのお客様が来てくださるようになり、都会で暮らしていた頃以上に忙しい日々を送ることとなりました。それでも店の前にはきれいな小川が流れ、四季折々の花が咲き、窓からは小鳥のさえずりが聞こえ、近所の村人からは時おり新鮮な野菜やお花が届きます。そんなところに身を置けるのはわたしにとって本当に贅沢で豊かなことです。 ここに来てから、仕事柄旅に出る機会はずいぶん減りましたが、ここでは外に求めなくても素敵なものがたくさん目に映るので欲求不満になることはないようです。実際、北海道や沖縄などを旅した時に心に残ったことも、今ここで「あぁ、素敵だな」と心惹かれることも、あまり変わらないことばかりのような気がして笑ってしまいます。わたしの心はどこに行っても同じようなものに惹かれてしまうのでしょうね。 お店の近くには湧き水が出ているので、散歩がてら毎朝水を汲みに出かけます。そのわずかな道のりの間だけでも自然は四季を伝え、わたしにその素晴らしさを教えてくれるのです。同じ道のりの中で同じ景色を見ているようでも、一つの場所に季節によって様々な花が咲き、一本の木が季節によって様々にその姿を変えてゆく……そういうものをいつも間近で見られるということがとってもうれしい。春夏秋冬、どの季節も素晴らしい、晴れた日、雨の日、風の日、雪の日、それぞれにやっぱり素晴らしい、心からそう思えるのです。 そんな日々の中で撮り続けてきた写真があります。どれも「野土花」から半径300メートル以内くらいのところで撮ったものです。それらを手に、わくわくした気持ちで一冊のアルバムを作りました。「素敵だな」と思ったものを思いつくまま撮り、ぺたぺたと好きなように貼り付け、感じるままの言葉を添えてゆく……とても楽しい作業でした。でき上がったアルバムはお店を訪れたたくさんの方が楽しんでくれています。 そしてもうひとつ、わたしが想いを込めて描き続けている言葉絵「うさぎとかめのふたりごと」。以前、各地を旅していた頃、旅先でお世話になった方へのお礼として描いたのがきっかけとなって生まれた作品です。その時送って喜ばれて以来、日常の中でふと浮かんだ想いを言葉に換えてつづっています。それはいつしかポストカードやカレンダーとなって遠くの人へも届くようになりました。 それがこの度、一冊の本になります。山の中の小さな喫茶店「野土花」が生まれてからちょうど3年、この4月に結婚することになり、わたしにとってもまた新しい生活が始まるこの春、そんなタイミングでできた『野土花ものがたり――うさぎとかめのふたりごと/どこかもここも』。この本は、「ここ」板井原でわたしがもらったたくさんの贈りものを集めた宝箱です。そしてこれから耕していく新しい暮らしの中でも優しく強く、美しくほがらかな自然はわたしにメッセージを送り続けてくれることでしょう。どうかわたしの心がどこに行っても何をしていてもそれらのものを受け取り、感じることができますように……。 わたしの心よ、しなやかであれ。 |
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【澤田直見さんの本】
単行本 集英社刊 3月25日発売 定価:1,575円(税込) ![]() |
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プロフィール
1970年兵庫県生まれ。 現在、鳥取県で喫茶店「野土花」を運営。 |
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