恩田陸さんの新刊『エンド・ゲーム 常野物語』が発売されます。「小説すばる」連載中から恩田さんの小説と藤田新策さんのイラストのコラボレーションは話題でしたが、今回の単行本でも、藤田さんの素晴らしいイラストがカバーを飾っています。 ・・・・・・手描きの絵は生演奏 ・・・・・・・・・・・・ 恩田 藤田さんにお会いしたら、いろいろお伺いしたいことがありまして、一つは、なんであんなに速く絵が描けるのかと。 藤田 いえ、絵を描くのは遅いですよ。でも、いまはデジタル処理ができるから、いったん絵ができ上がると、それを加工というかリミックスするのは速くできる。それを速いと思われたんじゃないですか。 恩田 リミックスというのは? 藤田 要するに、ネタを再構成しちゃうんです。たとえば『ネクロポリス』の場合、上下巻それぞれ表紙と裏表紙の建物の絵がちょうど反転している形になっていて、さらにそれぞれの見返しにもその建物が使われていますけれど、あれはまず最初に一つだけ描いて、それを複写(スキャン)すれば1分も経たずに反転したり、部分を切り取ったりできてしまう。 要するに、ぼくにとって一枚の絵を描くというのは、生演奏みたいなものなんです。その生の音に、昔描いた絵の部分であるとかを使って、リミックスしていく。つまり、生音も使うしリズムボックスも使う、そういうふうに使い分けをするわけです。 小説には、リミックスとかそういうのはないんですか。 恩田 それはないです(笑)。 藤田 たとえば、以前書いてボツになった原稿の一部を切り取ってくるとか。 恩田 幸か不幸か、わたしはいわゆる修業期間がなくて、最初に書いたものでデビューしてしまったものですから、ボツ原稿がないんです。 藤田 じゃあ、スティーヴン・キングみたいに、ボツになった原稿が段ボール箱にたくさん入っていて、それを取り出してきては書き直すというのはないんですね。 恩田 そういう話を聞くと羨ましいなあと思いますね。 藤田 ただ、短篇で書いたものを長篇に書き直すとかはあるんじゃないですか。あれもリミックスですよね。 恩田 そういう方もいらっしゃいますね。だけどわたしは、短篇は短篇と最初から分けて考えているのでつくり方も別ですし、短篇を延ばして長篇にというのはないですね。 藤田 今度の『エンド・ゲーム』のカバーは、最初に抽象的なものと風景っぽいものの両様を考えたんですけど、デジタル処理で幾通りものシミュレーションが簡単にできるので、あれやこれや試作してみて最終的に絞り込んでいったんです。そこが昔みたいな手描きでの一発勝負との差ですね。 恩田 どっちがいいというわけでもないんでしょうけど。 藤田 両方いいところがある。たとえば、いまはたとえ音痴であってもデジタル処理で上手に補正できちゃうじゃないですか。でも、そこに甘えができてしまう。やっぱり、一発録りの生演奏の緊張感というのも必要です。だから、両方ともやったほうがいいと思いますよ。 恩田 絵は子供の頃から? 藤田 子供のときから絵が好きで絵描きになりたかったんですけど、親戚のおばさんに絵描きはやめなさい、デザイン科に行きなさいといわれて、「はい、わかりました」って(笑)。それで最初はデザインをやっていました。 恩田 画風は子供の頃から、ホラー系だったんですか(笑)。 藤田 画風というのは、若い頃はくるくる変わるんです、いろんなものに興味があるから。それが、あるところでダークカラーの路線に向かっていったという感じですね。 恩田 そのきっかけというのは? 藤田 これといって特別にはないんですけど、根本のところで、ほかの人と同じことはしたくないというのがある。たとえば、アメリカナイズされた日本というのがメインのカルチャーだとすると、それとは全然違うものをやりたくなる。その辺からなんとなくいまの画風が出てきたというか。 恩田 もともと、ホラー系というか、そっち系統のものが好きだったんですか。 藤田 いえ、ホラーは全然興味なかったですね。これをいうとみんなびっくりするんだけど、ミステリー小説も、この仕事をするまで読んだことがなかったんです。 恩田 絵を拝見すると、ご自身もお好きなのかなという印象を受けますけど。 藤田 みなさん、仕事部屋には骸骨とかその手のものがたくさん置いてあって、京極夏彦さんみたいに和服を着て絵を描いてるんじゃないかと想像するらしいんだけど(笑)、実際はなんにもなくて、実に殺風景な部屋ですよ。 実生活と作風って、あまり関係ない。恩田さんだってそうでしょ。 恩田 ええ、全然関係ないです。 藤田 宮部みゆきさんだって、『模倣犯』を書いた人とはどう見ても思えない(笑)。 恩田 わたしも最初の頃は神経質な文学少女系を想像して会いに来る人が多かったです。さすがに、いまはもうありませんが(笑)。 藤田 でも、根っこにはそういうのがあるでしょ。 恩田 まあ、本好きが高じて作家になったわけですから、ほぼ読者人格の延長で書いているという感じです。 藤田 読者人格? 恩田 読むために書いているということです。ですから書くことで自己表現しようなんて思ったこともないし、作家を天職だと思ったこともない。 藤田 人生、子供の頃の延長でずっときちゃったという感じですね。 恩田 そうです。 藤田 ぼくも同じです。だから、ときどき朝起きて思うもの。絵を描くのを職業にしてるとは、なんてとんでもない奴なんだって(笑)。 恩田 それ、すごいあります。 子供の頃から考えてることがほとんど変わってない。なんかときどきフッと我に返ると、作家をやっていることがすごく不思議な感じがするんですよね。
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